人間の責任


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 西暦79年のベスビオ火山の爆発は一つの都市を丸ごとのみ込んだ。火山灰に埋もれたポンペイの最後は何よりも残酷だった。街に散らばる屍(しかばね)、部屋の中で“皆殺し”に合った家族、互いに抱き締め合う恋人…。その中に、特に人目を引く姿があった。武器を手にしたまま城門の前に立つローマの警備兵だった。燃え盛る火の中でもひるまず自分の立場を守った兵士だった。路地で発見された外科医師も同じだった。彼の手には手術道具が握られていた。市民たちが火山の爆発で火傷すると、彼らを治療するため駆け付けたのだろう。死をもって責任を果たした彼らがいたので千年帝国ローマが可能になったのではないか。

 悲劇のセウォル号にも最後まで自分の立場を守った“ローマの警備兵”がいた。妻との最後の通話で「子供たちを救いに行かないといけない」といって沈みつつある船室に駆け込んだヤン・デホン事務長だ。沈没から1カ月たって冷たい屍となって帰ってきた彼の手には「事務長」という文字が書かれた無線機が固く握られていた。彼は3階の船員食堂で黒い作業服姿で発見された。顎まで海水に漬かった瞬間にも船員の責任を果たそうとした毅然(きぜん)さが感じられる。

 セウォル号の沈没事故で国中が悲嘆に暮れて1カ月が過ぎた。無責任な船員と無能な政府に国民は悔しくて歯ぎしりしている。「こんな国に二度と生まれたくない」という恨みと嘆きがそれに続く。怒りを調節することが切実に必要な時期となった。この国にはパンツ姿で逃げ出したイ・ジュンソク船長だけがいるのではないからだ。

 我々には名もない数多くの義人と殺身成仁の船長がいる。ハナ号のユ・ジョンチュン船長もそうだ。1990年3月、ユ船長は操業中に突風で船が沈没し始めると船員たちから退避させ、21人の船員が全員脱出するまで独り船に残って舵(かじ)を離さなかった。海上警察に繰り返し救助信号を送っては船と共に最期を迎えた。束草(ソッチョ)市内には片方の手で舵を操り、もう一方の手で無線機を持った彼の銅像が立っている。市民たちは数日前に追慕祭を開いて彼の崇高な志を称(たた)えた。

 セウォル号の惨事は我々にとってひどい悪夢だ。しかし、悪夢を見るからといって夢を見ることまで放棄することはできない。今、我々がかざすのは“怒りのロウソク”ではなく、義人の殺身成仁を輝かせる“希望の灯火”であるべきだ。悲劇は心に刻み、頭は冷静にしよう。

(5月19日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。