歌垣の伝統生きるモーラムータイから
地球だより
タイの農村では日本の秋祭りと同様、収穫を終えた後の感謝祭的な興行がしばしば催される。ローカルタイの芸能といえば、歌あり踊りありのモーラムだ。
この興行も寺院で開催されることが多い。タイの寺院は宗教行事だけでなく、教育機関であり時に演劇場ともなるコミュニティーセンターの側面がある。
モーラムの歴史は古い。19世紀半ばのタイの王朝は、シャムの文化がモーラムに押し流される危機感からモーラム禁止令を出したことがある。それでも今日まで生き延びているのは、大衆の心情に染み入るパワーがあるからだろう。
モーラムの興行は大体、夜始まり深夜まで続く。灼熱(しゃくねつ)の太陽から解放されるリラックスタイムだ。
近年は音楽あり芝居ありのバラエティーショー的なものが多くなった。しばしば喧嘩(けんか)も発生する。酔った若者がバックダンサーなど若い踊り子におひねりを渡そうと舞台に押し寄せ、観客同士で衝突するのだ。
だが多くの場合、モーラム師が即興で歌を詠んだり場を和ませて制御する。かつてラオ族やイサーンの山村では、我が国の歌垣のような男女で歌を掛け合う伝統があった。ユーモアと知性が必要だが、その歴史的蓄積がモーラムで生かされているのを感じる。その意味でモーラム師は、ただ喉がいいだけの並みの歌手では務まらない。血が流れるような喧嘩をも歌にのせたメッセージで消し去るプロの興行師だ。
(T)