「愛国歌」4番


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 メキシコでテコンドー(★拳道)大会を観た知人から聞いた話だ。道着を着た現地人たちがわが国の国歌「愛国歌」を4番まで歌ったというのだ。競技場には韓国歌謡が鳴り響き、チャリョッ(気を付け)、キョンネ(敬礼)などの競技用語も全て韓国語だった。知人はとうとう涙を流してしまった。初段を取るためには、★拳道の由来と韓国の歴史に関する論文を書いて、審査を受けなければならない。

 このような奇跡の中心には、メキシコの“★拳道のゴッドファーザー”ムン・デウォン師範がいる。彼は27歳だった1969年、単身で★拳道の不毛地だったメキシコに渡った。空手が大勢を占めていたその地で、日本人師範と競って道場を一つずつ手に入れた後、日章旗を外して太極旗を掲げた。彼がメキシコに撒いた種は競技人口200万の巨木に育った。

 1964年、貧しい国の大統領、朴正煕がドイツの地を踏んだ。大統領が訪ねた場所はルール地方の炭鉱の講堂だった。故郷を遠く離れて劣悪な労働に苦しむ韓国人鉱夫(炭鉱労働者)と(女性)看護師たちが講堂を埋め尽くした。鉱夫の顔は真っ黒にくすぶり、作業服には石炭の粉が付いていた。やがて愛国歌が流れると、鉱夫と看護師たちが一緒に歌い、講堂はたちまち涙の海に変わった。幼い看護師たちは大統領夫人の陸英修を「オモニ(母さん)」と呼びながら抱きしめて泣いた。

 今度は大韓民国の心臓部で感動的な愛国歌ストーリーが登場した。「この気性とこの心で忠誠を尽くし、辛くても楽しくても国を愛そう…」。脱北者の池成浩(チソンホ)国会議員当選者(未来韓国党)が最近、秘書たちの面接で愛国歌を4番まですべて書かせたという。咸鏡北道会寧出身の彼は2006年、松葉杖をつきながら“凍土の地”を脱出した。

 愛国歌4番にあるように、国を愛することは楽しい時だけでなく、辛い時も同じようにしなければならない。有力な愛国歌の作詞家として知られている鳥山・安昌浩(鳥山は号)は愛国の里程標を明確に提示している。「君は国を愛するか。そうならば、まず君が健全な人格となれ。民の苦しみを哀れに思うなら、君がまず医者になれ。医者までにはなれなくても、君の病から治して健全な人となれ」。近ごろ、他人のせいにだけしながら、“ヘル(地獄)朝鮮”だと国まで貶める人たちが少なくない。彼らに愛国歌4番だけは必ず歌わせたいものだ。

(4月28日付)

★=足へんに台

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。