我が国防衛体制強化の年に

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

尖閣へ攻勢かける中国

防空識別圏設定の教訓から

 中国は11月23日に東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設定したが、力で現状変更を迫る強硬措置として懸念され、アジア諸国は警戒感を強めている。事の重大性は即日、ケリー米国務長官が「東シナ海の現状を一方的に変更する試み」と懸念を表明し、ヘーゲル米国防長官は日米安保条約第5条の適用を改めて確認するなどの反応に表れている。

 安倍総理は国会答弁で中国に撤回を求め、日航や全日空には飛行計画の提出を控えさせている。中国ADIZが抱える問題に対して韓国、台湾もそれぞれの立場から反発している。周知のようにADIZは、領空防衛のために接近する不明機が領空侵犯の前に対応できるよう緊急発進(スクランブル)機を出動させる目安で、既に20国余が設定し公表している。通常、ADIZは領空の外側に設定されるが、主権的な優位性や排他性はないというのが国際慣例である。

 中国はADIZ設定を国際法によるものと正当性を主張しているが、何が問題なのか。一つは我が尖閣諸島の領空に一方的に設定したことにあり、二つ目はADIZ内で民間機にまで飛行計画の提出を求め、指示に従わない場合は「防衛的措置」をとるなどと国際慣例にない異例の強硬さにある。米ホワイトハウスのアーネスト副報道官が「いたずらに扇動的だ」と批判した所以(ゆえん)であり、中国がADIZの本質をどう認識しているかに疑念が浮上してくる。

 では、中国はなぜADIZを設定したのか、なぜこの時期の公表か。まずADIZ設定の狙いは、尖閣上空でせめぎ合いが激化する中で、中国内のネットナショナリズムに後押しされ、中国なりの領空防衛という名義の領域拡大と軍威誇示が考えられる。その背景には、一昨年12月に中国国家海洋局の双発機Y12による領空侵犯があったが、爾来(じらい)、東シナ海上空では日米中3国の早期警戒機やスクランブル機の飛来が反復される緊張した事態が続いた。中国にADIZの防空管理能力があるか、その実態はなお不透明である。

 ADIZ設定の公表時期については、11月の3中全会での防空強化の決定を受けて公表に踏み切ったのではないか。さらに深読みすれば、バイデン米副大統領のアジア歴訪に合わせてその反応を試す狙いも考えられる。バイデン氏はまず来日して安倍総理との会談で強い懸念を表明した。しかし、訪中時の習近平主席との会談ではADIZの撤回を求めることなく「防衛的措置」など強硬な対応を抑制するよう促すにとどまった。また、同時期に米政府は自国の民航会社に飛行計画の提出を容認してきた。

 当初の段階では、米国は中国に通告することなくB52爆撃機をこの空域で訓練飛行させるなど、毅然とした行動でアジア地域の安定勢力としてのプレゼンスを力強く印象づけた。それだけに、その後の米政府の動向から後退感は否めず、その姿勢を米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは昨12月5日の社説で米政府の「弱腰」と批判し、こうした対応は「中国の新たな軍事的脅迫を招くだろう」と警告した。

 今後のアジア情勢への影響は、中国の強気の姿勢が韓国のADIZ拡大を誘発しており、東シナ海の空域の不安定化は進もう。また、日米間で露呈した対応の温度差の間隙(かんげき)に中国が攻勢をかけてくれば新たな問題に進展しよう。さらに12月にASEAN諸国首脳を東京に招いた特別首脳会議では「公海上での飛行の自由」などを謳(うた)ったが、参加国の足並みがそろったわけではなく、中国の反撃などで情勢の変化が注目される。

 東シナ海空域で今後、緊張が高まる予測にあって、日中当事国はまず不測事態の偶発を回避する努力が求められ、緊急通信など危機管理態勢の構築が急がれる。同時に国際ルールの中で解決を求める努力も重要で、カナダで開かれたICAO(民間機の航路などを決める国連の専門機関で、約190カ国が加盟)の理事会で、日本政府は11月29日、中国のADIZ設定について「民間航空の秩序と安全が脅かされる恐れがある」として「公海上空の飛行の自由を守る方法」の検討を提案した。このような地道な活動による中国への関与政策も重要になる。

 現実に緊張する空域での行動は、警察権を越えて一気に防衛行動に直結する特性があり、中国ADIZ設定に伴い不測事態へのヘッジが重要になってくる。しかし防空の実態は、ぎりぎりの防衛体制にあって現場の自衛官の使命感と懸命な努力によって担われている。当面は、南西諸島防空を担当する沖縄配備のF15迎撃機の実動部隊の増強案などが検討俎上(そじょう)にあるが、この早期実現が求められる。不足分は日米同盟の抑止力に依存せざるを得ないのが現実であり、同盟関係の強化と日米連携が必要になる。その際、普天間海兵隊の辺野古移転を一歩進めるなど、中国につけ入る隙を与えない努力が重要になろう。

 しかし根本的には、自立的な防衛体制の構築が必要であることは言うまでもない。安倍政権下で、日本版NSCの創設に続いて国家安全保障戦略や新防衛大綱の策定など、防衛態勢の強化が前進したことを高く評価したい。特に新中期防衛力整備計画に24兆6700億円が計上されたが、新年は、これら喫緊の課題の実現が問われ、早期の防衛体制の充実と防衛力の強化が急がれる年である。

(かやはら・いくお)