子供のスマホ使用 脳の発達を阻害する
川島氏「人をサルにする道具」
大阪府教育庁が公立小中学校で児童・生徒のスマートフォン(スマホ)や携帯電話(ケイタイ)の持ち込みを新年度から認めるという。学校にいる間は電源を切り、災害時や緊急時の連絡手段として、学校が許可した場合に登下校中に使用ができ、緊急時以外には保護者からの連絡はしない―などのガイドラインも発表した。
子供にスマホを持たせておいて、緊急時以外には連絡しない保護者がどれだけいるのか、疑問だ。ガイドラインが形骸化してしまうのは目に見えているが、新年度以降、大阪府内でスマホを所持する小中学生が増えるのは確実だ。
また、同府以外の地域にでも、新入学に伴い子供にスマホを買い与えようと考えている保護者は多いはず。そんな保護者に一読してほしい論考が月刊「文藝春秋」4月号に掲載された。東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太の「スマホと学力『小中七万人調査』大公開」だ。
スマホ使用が子供に与える弊害については、犯罪に巻き込まれる、有害情報にアクセスするなど少なくないが、実際に自分の子供にも起こるであろうと、保護者が真っ先に考えるのは学力低下だろう。スマホ使用と学力低下の関連性は、これまでにも多くの教育関係者の間で指摘されてきた問題だが、それはスマホの長時間使用で学習時間が奪われる、あるいは夜更かしをして学校の授業に集中できなくなるなど、間接的影響として指摘されることが多かった。
だが、川島の論考で注目されるのは、学力低下の要因について「勉強時間や睡眠時間の長短ではなく、スマホを長時間使ったことが直接影響している可能性がある」と指摘している点だ。つまり「スマホを使用するとただ成績が悪くなるというだけでなく、そもそも脳全体の発達が悪くなっているという、もっと重篤で、深刻な問題」だというのである。
東北大学と仙台市教育委員会が共同で、同市内の中学生約2万2400人を対象に、数学の試験結果と平日の家庭での学習時間の長さ、平日のスマホやケイタイの使用時間の関係を調べたところ、家庭で毎日2時間以上勉強していても、スマホ・ケイタイを3時間以上使用すると、まったく使用せず、かつほぼ勉強をしない生徒よりも成績が低くなっていた。
そんなことから、川島は「スマホなどの使用頻度が高い子どもたちの成績が良くないのは、脳そのものが発達しておらず、勉強の内容そのものが頭に入っていないということ」と結論付けている。
さらに、子供のスマホ長時間使用の悪影響で戦慄(せんりつ)を覚えるのは、脳の中でも「前頭前野」の働きを低下させるという事実だ。前頭前野は記憶や学習に深く関連する部位で、「人間ならではの『こころ』の働きが局在」しており、その発達がヒトの脳の最大の特徴と言える。
川島たちは「忖度(そんたく)」という言葉の意味を、紙の国語辞典と、スマホでネット検索して調べた場合の前頭前野の血流量を調べ、その働き具合を比較した。そうすると、前者では前頭前野が活発に働いたが、後者ではまったく働かないばかりか、「何もしないで放心状態でいるときよりも前頭前野の働きは低下していた」ことが、その血流量を調べることで分かったという。
このほか、川島は、手で手紙を書く時と、パソコンなどのキーボードで打っている時の脳の働きを調べても、前者では前頭前野がしっかり働くが、後者ではそれほど働かないことも指摘している。
その要因の一つとして「パソコンや携帯では、ひらがなを打ち込むと予測変換が出てきたり、『あ』と打つだけで『ありがとう』と表示してくれるアシスト機能があることで、漢字を思い出したりする必要がないからだと考えられます」としている。
確かに、原稿を書くことを仕事とする筆者は、パソコンで原稿を打つようになってから、すぐ頭に浮かんでこない漢字が多くなったが、それは大人になってからのことだ。子供の時から、スマホを扱っていたら、ヒトの脳にどんな影響を及ぼすのか、非常に気になる。この問題は、日本いや人類の未来に関わることだと心配するのは決して大げさなことではないだろう。
このようにスマホあるいはケイタイの長時間使用で脳の発達が阻害されるという事実は明確になっている中で、脳の発達を促す上で有効と考えられるのは「読書」と川島は指摘する。従って、子供にスマホを買い与える保護者ほど、子供に読書習慣を身に付けさせる努力を怠らないようにすべきだという結論に達する。
時流に乗って、使いこなせもしないスマホを持つのは自分の流儀に反すると、いまだに“ガラケイ”を使う筆者は、電車に乗った時、新聞か本を読むか、あるいは考え事をするように心掛けているが、意図せずして、こうした行動はパソコン使用で阻害された脳の“デトックス”に役立っているのかもしれないと、意を強くした。
一方、大人でさえスマホ漬けで本を読まなくなった昨今、子供に読書習慣を身に付けさせる努力を保護者に期待しても無理に思えてきて暗澹(あんたん)たる気分になる。
冒頭で述べたように、大阪府教育庁は新年度から学校へのスマホ持ち込みを解禁にするのは、災害時や緊急時の連絡手段としてだ。それは、保護者からの要望があったからだというが、災害時には通信が途絶える懸念もあるので、スマホを持たせても役に立つとは限らない。
こうしてみると、子供にスマホを持たせるのは、子供の安全を考えた実質的なメリットというよりも、保護者が安心したいからで、そのようなことを総合的に考えると、メリットよりもデメリットの方が大きいのではないか、と思えてくる。
スマホと学力低下との関連性について述べた川島の論考を読むと、人類は便利なIT機器を普及させた代償として、脳発達にブレーキがかかり、ひいては社会全体が“負のスパイラル”に陥っている状況をイメージしてしまった。
川島は最後に、「とにかく乳幼児期から小学生、中学生くらいまでの時期は、スマホを使用して欲しくない」と訴えるとともに、「スマホというのは、はっきり言ってしまえば、『人をサルにする道具』です。これほど恐ろしいことはありません」と述べている。筆者も同感で、まったく大げさには思えないのである。
(敬称略)
編集委員 森田 清策