時代はめぐる平成の珍風景
消える鼻濁音や女言葉
良心麻痺か「痴漢」ポスター
俳人・中村草田男が「降る雪や 明治は遠く なりにけり」と詠んだのは、明治が終わり、大正の15年が過ぎて、昭和も10年になってからの事だと聞く。今年は平成25年、昭和が終わって25年経つ。高名な俳人ならずとも、「昭和は遠くなりにけり」と思ったところで何の不思議もあるまい。熊谷蓮生坊に肖(あやか)って言えば、「25年は夢だ夢だ」。
昭和一桁生まれ、80代の老翁(ろうおう)老媼(ろうおう)ともなると、家に座っていても昭和と平成の違いを感じさせられる事が多い。例えば、毎日配達される郵便物や印刷物。その書き出しからして一マス空けず、行換えの際も同じ。昔なら作文で減点され、国語の先生に叱られる事間違いなし。それが今や、平成の人は忙しくて、パソコンの空キイを一つ打つ間も惜しいのだろうか。昭和は遠くなりにけりである。
街に出る。女性にも「スカート派」よりも「ズボン(スラックス)党」が断然増えた。その女性達が老いも若きも「そうよね」ではなく「そうだよね」と、男言葉の「だ」を入れて話す。昔は男言葉を話す女は裏長屋の大工・左官のカミさんか獏連女と相場が決まっていたが、いまやそれが……。戦後の男女同権、男女共学のなせる業だろうが、何も日本独特の優しい女言葉をぶち壊して「だ」を入れるには及ぶまい。こう言うのを「だ(蛇)足」というのだ。
言葉といえば、もう一つ。これは男女を問わないが、平成の人は日本語の「ガ行」の濁音と鼻濁音の区別を知らず、専ら、「濁音」一本で行くようになった。「次ぎ(tugi)は永(naga)田町で御座います」と言うように。本来ならこれは(tungi)であり、(nangata)と鼻濁音で発音されるべきものなのに。駅や野球場のアナウンスに限らず、歴とした放送局のアナウンサー、キャスターまでがそうである。解せないのは、国語学者や作家、国語教師までがそれに気付いているのかいないのか、何も言わない面妖さだ。御蔭で世の中ますます「ぎすぎす」して来た。何もそう「ガ(我=ga)」を張ることもあるまいに。
「手前勝手」と言えば、駅やデパートの2人乗り用エスカレーターで、「御用とお急ぎのせっかち屋」のために、善良な市民が片側を空け、行列を作って辛抱強く並んでいる光景。2人並んで乗れば、利用者全員の時間節約になるのに、その点でも不合理な、馬鹿げたマナーが蔓延(はびこ)り出したものだ。「動く乗り物」の中や上では、安全のためにも乗客は動かずにいるべきものなのに。尤(もっと)もこの手合いは怪我をしたら、エスカレーターの敷設者や管理者の方を訴えるという手前勝手な連中に決まっているが。そのためにも、駅やデパートやビルの管理者は「歩かず、2人並んで」のマナーを教え込む必要があるし、警察もこれに協力すべきだ。
警察といえば、近頃、駅や映画館、街頭などで見かける「痴漢は犯罪です」という類の警察のポスターや広告。痴漢が殺人や放火同様「犯罪」なのは分かり切ったことなのに、一々警告しないと、「罪になるぞ」と脅さないと、痴漢が止まらない程、平成人の道徳、良心は低下し、麻痺してしまったと言うのか。そうだとすれば、当(まさ)に、昭和は遠くなりにけりである。
もちろん、昭和が「良い事ずくめ」であった筈もないのは、筆者らのような八十翁も身に滲みて知っている。そこでこの「平成社会戯評」を「年寄りの冷や水」呼ばわりされないために、平成の美点も二、三挙げて置くとしよう。
まず第一に、汚いものの代名詞のように言われていた駅のトイレや公衆便所が改装され、格段に綺麗になった事。トイレの潔不潔はその国の文化水準の反映だと言われるが、最近の公衆便所の清潔さ、快適さは当に平成の平和と繁栄の賜物であろう。(序(ついで)に、また悪口で恐縮だが、最近の男便所の小用便器前、ずらり並んだ男共の半数近くが、ベルトを外し、ズボンの前をはだけ、パンツごとずり下げて用を足している。これはメーカーやディーラーがファスナー(前開き)を付けないために縫製の手間が省けて安上がりに出来る「(外国)製品」ばかり売りたがり、おまけに、これを息子や夫に買い与える母親や女房が男の事情を知らないとあって、息子や夫にそうさせる事にも何の抵抗感も無く、その結果かくも無様な「平成男便所珍風景」が出現するに至ったと筆者は睨んでいる)。
もう一つの美点は、「バリア・フリー」の掛け声の下、歩道と車道の段差が少なくなり、駅や官公庁、ホール、劇場、一般の商業施設やビル等にエレベーター、エスカレーターが格段に増えた事。これは間もなく老境を迎える「自己中」の団塊の世代のための「先行投資」のようにも見受けられるが、その上の「昭和戦前・戦中生まれ」もベビー・カーの若いママさん達同様、その「余慶」に与(あずか)っている、何しろ我らは「一段を 二足で踏む 八十路かな」なのだから。
(たかはし・ただし)