北朝鮮制裁と核・ミサイル問題の行方 古川勝久氏

世日クラブ講演要旨

史上最大の圧力へ法整備急げ

国連安保理北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員 古川勝久氏

 世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良・近藤プランニングス代表取締役)の定期講演会が2月19日、都内で開かれ、国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員として、加盟国による制裁の履行状況を監視してきた古川勝久氏が「北朝鮮制裁と核・ミサイル問題の行方」をテーマに講演した。古川氏は、制裁が効果を上げていない責任の一端は日本にあるとの見方を示し、「本当に史上最大の圧力を考えるのであれば、北朝鮮制裁法の制定を含め具体的なアクションを法律レベルで考えていく義務がある」と主張した。以下は講演要旨。

日本国内で暗躍する協力者
孤立化逃れ物資の調達を継続

 2011年から16年4月までの約4年半、国連安保理の専門家パネルで北朝鮮制裁に違反した事件の捜査に専念した。安保理で制裁決議が最初に採択されたのは2006年で、それから昨年12月までに計10本もの決議が採択された。にもかかわらず北朝鮮は核・ミサイル開発を継続し、大陸間弾道ミサイル(ICBM)能力を確保する一歩手前まで来ている。つまり北朝鮮は孤立していないのが実情だ。

古川勝久氏

 ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。慶応大経済学部卒。米ハーバード大ケネディ行政大学院で修士号、政策研究大学院大で博士号を取得。米シンクタンク勤務などを経て、2011年10月から16年4月まで国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員。北朝鮮の制裁逃れの実態を暴いた著書『北朝鮮 核の資金源―「国連捜査」秘録―』(新潮社)を昨年12月に上梓(じょうし)。

 北朝鮮は160カ国以上と外交関係を持っている。外交関係があれば、ヒトが動く。ヒトが動けば、モノが動く。カネも動く。さらには技術も動く。

 意外に思われるかもしれないが、北朝鮮のネットワークの中で一番懸念しなければならないのは、日本国内のネットワークだ。北朝鮮は06年まで日本を起点にさまざまな対外経済活動を行っていた経緯がある。

 日本は06年から北朝鮮に単独制裁を科し、日本と北朝鮮の間には貿易がないことになっている。これで北朝鮮との関係は切れたと思われがちだが、とんでもない。日本国内には今も取引相手、協力者が存在し、彼らは食い扶持(ぶち)を維持するために、第三国を経由して北朝鮮と取引を継続している。

 北朝鮮国内には日本製品が大量に溢(あふ)れ返っている。平壌の朝鮮労働党本部近くにある高級デパートには、セイコーの高級時計からヤマハの楽器、日本酒、焼酎まであらゆるものが揃(そろ)っている。日本が北朝鮮への制裁を強化しても簡単に破られている現実がある。

 海外英字メディアの調査報道で、日本の奢侈(しゃし)品、贅沢(ぜいたく)品を流している企業が1社特定されている。シンガポールにあるOCNという企業だ。この企業は、朝鮮労働党39号室のマネーロンダリング(資金洗浄)に関わっているとされる企業のフロント企業ではないかと考えられる。

 シンガポールの仲介業者だけでやっているわけではない。当然、日本国内に協力者がいるからできる。これはネットワークだ。

 日本国内の協力者が摘発されることはほとんどない。シンガポールルートの関係者のうち、逮捕、起訴されて有罪判決を受けたのは、16年2月に摘発された貿易会社だけだ。私は13年11月にシンガポールで行った捜査でこの企業の存在を知ったが、日本で摘発されたのはその2年4カ月後だ。摘発には非常に時間がかかる。

 日本の警察は、どういう人物や企業が北朝鮮に協力しているのかある程度分かっている。にもかかわらず、なぜ家宅捜索などがなかなか行われないのか私には分からない。とにかく北朝鮮が制裁逃れをするスピードと比べ、日本の法執行の動きは格段に遅い。

 パナマが13年7月にキューバから北朝鮮に向けて航行していた北朝鮮の貨物船を検査したところ、大量の砂糖の下に隠されていたコンテナの中から、ミグ21戦闘機や地対空ミサイルシステムなど驚くような兵器がたくさん出てきた。われわれはこの密輸事件を捜査した。船長の部屋や通信室から書類を押収して分析した結果、兵器の隠蔽(いんぺい)指示をした主犯格は、当時、北朝鮮最大の海運企業「オーシャン・マリタイム・マネジメント社」(OMM)だと結論付けた。国連安保理に対してOMMを制裁対象にすることを勧告し、14年7月に指定された。

 OMMのネットワークを調べたところ、世界中にエージェントを持つなど予想以上の規模だった。香港のエージェントである「ミラエ・シッピング社」は、企業登記簿から日本人が経営する企業であることが判明した。

 この日本人は別の日本企業の代表者でもある。この日本企業は90年代から日本国内で北朝鮮の船舶総代理業務を行ってきたようだ。この日本企業を私が内偵捜査していた時、同社のオフィスは新橋の駅前ビルの10階にあった。ビルに行ってオフィスインフォメーションボードを確認したら、その部屋にはさらにもう一社、OMMと酷似した名前の企業があった。つまり霞が関の目と鼻の先に、北朝鮮の船舶代理店の関係者が拠点を構えていたということだ。

 この日本人は香港で少なくとも14の企業を登録していた。すべてフロント企業だ。各フロント企業に貨物船を1隻ずつ所有させていた。

 この日本人エージェントをかなり捜査し、私が国連を辞めた時点ではもう対外的な活動はしていなかった。これでOMMのネットワークは終わったかと思ったが、そうではなかった。16年8月、エジプト政府がカンボジア船籍の船を調べたところ、国連制裁で禁止されている鉄鉱石のほか携行式ロケット弾が大量に積まれていた。

 その運行責任者はこの日本人エージェントと一緒に仕事をしていた中国人だった。日本人エージェントからノウハウを培った連中が、独り立ちして武器ビジネスを始めていたのだ。ノウハウの移転が日本から中国に行われたことを示す事例だ。

 国連制裁をちゃんと履行していない中国、ロシアは極めて由々しき問題だ。だが、もともとの起点は日本だ。また安保理決議に従えば、この日本人エージェントを資産凍結、渡航禁止、取引禁止の対象にしなければいけないが、日本にはそれができない。なぜか。この日本人は中国を舞台に活動していたが、海外での国連制裁違反を禁止する国内法が日本にはないからだ。

 国連安保理で毎回、「史上最強」と呼ばれる制裁決議が採択される。この2年間だけでも6回くらい採択された。その結果、日本国内で何本の法律が制定・改正されたか。実は10年の貨物検査特別措置法の制定以後、北朝鮮制裁の国連決議を国内履行するために制定された法律は1本もない。つまり日本は国連決議を履行するための法整備が不十分ということだ。日本では法改正などを伴う面倒な制裁措置に関しては、議論すら起こらないのが現状だ。日本は中国のことを批判している場合ではない。

 日本政府によると、在日外国人の核・ミサイル技術者が数十人いる。彼らが北朝鮮を訪問したら日本への再入国は禁止するというのが政府の方針だ。だが、これでは国連制裁違反だ。国連安保理決議では、北朝鮮の核・ミサイル計画に貢献し得る人間には渡航禁止措置を取らないといけない。つまり旅券を与えてはならない。関係省庁から、今の旅券法ではできないとの説明を聞いたが、だったらなぜ新しい法律を作らないのか。私には理解できない。

 日本が行っている北朝鮮制裁は、既存の法律、別の目的で作られた法律の拡大適用で対処しようとしているが、とても国連安保理決議の義務には追い付かない状況だ。米国や欧州のように、本当に史上最大の圧力を北朝鮮にかけようとするなら、「北朝鮮制裁法」を制定しなければならない。

 北朝鮮は世界で孤立していない。世界中にいろいろな取引相手や協力者がいる。それは日本も含まれる。日本国内にはそれを取り締まるための法律が未整備だ。こういう状況が日本だけでなく、世界各国で今も現在進行形だ。北朝鮮からすれば、核・ミサイル開発に必要な物資を調達したり、お金を回したり、人を動かすことが可能な状況だ。本当に史上最大の圧力を考えるのであれば、北朝鮮制裁法の制定を含め具体的なアクションを法律レベルで考えていく義務がある。