月の有人探査と日本の役割
蓄積された科学的知見
宇宙飛行士多く居住技術も
2017年12月12日、第3次宇宙基本計画(平成27年策定)の平成29年版の工程表が宇宙開発戦略本部(議長・安倍晋三首相)で決定された。第3次以降は、ロケットや衛星の開発、探査計画など53の項目について毎年工程表を更新し、目標達成状況と翌年度以降の計画を詳細に記すこととなっている。
53項目の中に「国際有人探査」がある。平成28年改定の工程表では、29年度以降の取り組みは、他国の動向も勘案の上、国際有人宇宙探査の原則とすべき基本的な考え方を、2018年3月に日本で開催される閣僚級会合、国際宇宙探査フォーラム(約60カ国参加)までに取りまとめる、という茫漠(ぼうばく)としたものであった。
対照的に、12月に決定された工程表では、来年度以降、「米国が構想する月近傍の有人拠点への参画や国際協力による月への着陸探査活動の実施等を念頭に」、「主体的に技術面や、国際協調体制の検討を進める」ことが明記され、かつ、深宇宙補給技術や有人宇宙滞在技術などの検討・実証実験を行うと記されている。日本人宇宙飛行士が月に着陸するのかどうか、というような具体的な計画は今後、関係各国と議論することになる。
21世紀初頭、米国ではブッシュ政権時に月への有人計画が謳われ、世界的にも第2次月ブームが起きたが、その後、米欧の関心は火星の有人探査に向かった。その間中国は、世界で3番目に探査機の月面軟着陸を成功させた。中国宇宙白書には、有人月探査や中長期の月面ステーション運営スケジュールは明記されてはいないが、現在最も有人月探査を熱心に追求しているのが中国であることに間違いはない。
しかし、トランプ政権下で米航空宇宙局(NASA)は、17年4月頃から、月周回軌道上に宇宙ステーション「ディープ・スペース・ゲートウェイ」を建造し、これを月開発の拠点、また、将来の火星探査の中継点とする計画の広報を強化し始めた。それにロシアが呼応した。9月27日には、NASAとロシアの宇宙公社ロスコスモスは共同声明に署名し、ドッキング機構などの技術規格の標準化検討、月近傍・月面の科学ミッションでの協力を約束した。10月に入ると四半世紀ぶりに再設置された国家宇宙評議会(議長:ペンス副大統領)で、米国人宇宙飛行士を再び月に送り、火星以遠に米国人を送るための基盤を構築することが宣言された。
そして、11月6日の日米首脳会談では、宇宙探査での日米協力を確認している。このような状況下、宇宙基本計画の工程表に、慎重な表現ながら、月の有人探査を含める決定がなされたのである。同日、米国では、大統領が新たな宇宙政策指針に署名をし、近年大きくその能力を向上させている米宇宙産業界や外国パートナーと協力して、月の探査活動を進めていくと宣言した。
日本は、米欧中等に比べ少ない予算にもかかわらず、月の起源や進化の解明を目的に、20世紀末から世界に先駆けてアポロ計画以来最大規模の月の科学探査計画を進め、07年には「かぐや」1号を月軌道に乗せている。2年後にかぐやは寿命を迎えたが、当時得られたデータの解析作業は現在も続き、17年9月には、月の巨大な地下空洞の存在が確認されている。これは、将来の月基地建設の有力な候補地となり得る場所であり、今後の国際月探査活動への参加に向けて日本の技術の優位性を示したと言えるだろう。20年の打ち上げを目指して現在開発中の小型月着陸実証機(SLIM)も純粋科学目的のための公募による少額のプロジェクトではあるが、日本からの貢献の一翼を担うことができるだろう。
日本の財政は厳しく、宇宙予算を大きく増やすことは不可能である。そして、安全保障向上、宇宙産業基盤強化という宇宙基本計画の目標を達成するためには、日本人宇宙飛行士を月に送ることは優先順位が高いとは言えないだろう。宇宙産業活性化を考え、強固な産業基盤を背景とする日本の安全保障を考えるならば、地球に帰還することが可能なロケット技術を獲得することがその目的に最もかなうだろうと考えるからである。もっとも、参加国との分担協議の過程で技術の優位性、実績という観点などから、日本がこの分野に参画することには難色が示されるかもしれない。
しかし、全体として月の有人探査国際パートナーの一員としての日本には有利な点も少なくない。地味ながらも継続的に月の科学探査を行い知見が蓄積されていること、アジア最多の宇宙飛行士を国際宇宙ステーションなどの国際協力で生み出しており、宇宙空間での居住技術を蓄積していること、そして進化する日米関係の持つ力である。
有人探査計画は、先端科学技術と国際政治の交錯するところに存在する。日本がその最適値を実現し、揺るぎない宇宙先進国となることを強く願う。そして偶然と幸運に頼ることは慎むべきではあるが、現下の条件にもかかわらず、日本人宇宙飛行士のアジア人初の月着陸を願わずにはいられない。
(あおき・せつこ)