トランプ当選とイスラエル右派
入植拡大の好機と歓迎
米国の中東政策転換に期待
米大統領選でのトランプ勝利を思いがけぬ好機到来と喜ぶ勢力がいる。それはイスラエルの右派だ。彼らはトランプ勝利を入植地を拡大し、パレスチナ国家樹立案を葬り去るためのチャンスと見なしているのだ。
50万人のユダヤ人入植者が住むイスラエルの占領地、ヨルダン川西岸地区での入植活動は国際法上、違法と解釈されており、パレスチナ側とのあつれきの原因となってきた。
それ故、オバマは和平実現の妨げになるという理由で、イスラエル側の入植活動を8年間にわたり強く非難し続けてきた。ところがトランプは選挙活動中の5月に、入植活動を支持する声明を発することでオバマ路線に異を唱えたのだ。それ故、イスラエル右派はトランプ政権発足後は、この問題をめぐって自分たちを締め付けることはないだろうと安堵(あんど)の胸をなで下ろしているのだ。
さらなる朗報としては11月11日に発表されたトランプの政権移行チームの顔触れだ。ギングリッチ元下院議長やジュリアーニ元ニューヨーク市長といった名だたる親シオニストが名を連ねているからだ。またトランプの側近として、対イスラエル政策を進言する役回りを担うジェイソン・グリーンブラットによる11月10日の発言も追い風となった。それは入植支持派を多く含むイスラエル国防軍向けのラジオ放送でなされたものだが、「次期米大統領は占領地でのユダヤ人入植地建設は和平への障害とならないと考えている」という内容だったからだ。
この発言に勇気づけられたイスラエルの右派議員団は11月16日、入植活動を拡大・強化するための画期的な「アウトポスト合法化法案」を国会に提出。今後の立法化手続きに入るための承認を得たのだ。アウトポストとはユダヤ人入植地の中でイスラエル政府の許可なく築かれた違法なものを指す。その数、およそ100カ所。血気盛んな筋金入りの右派シオニスト青年を中心に約1万5000人が立てこもっている。その役割は通常のユダヤ人入植地(イスラエルの国内法では合法とされている)を防衛するため、その外縁部に設置された前哨陣地に他ならない。
上述の法案では土地所有者への金銭的補償さえ解決されれば、既に建設されているアウトポストでも過去に遡及(そきゅう)して合法化されるのである。イスラエル最高裁はそうしたアウトポストの一つ、アモナに対し、12月25日までに取り壊しを命じているが、今回の法案はこの執行命令に対抗する形で提出されたのだ。
同法案推進の中心人物はネタニヤフ首相にとり、右派の政敵ナフターリ・ベネット教育相だ。
ベネットが党首を務める極右の「ユダヤの家」はネタニヤフ連立政権の中で3番目に多くの国会議員を擁する政党だ。この他にアビグドル・リーベルマン国防相率いる世俗右派の「イスラエル我が家」と中道右派のリクード党の一部がアウトポスト合法化を推し進めようとしているのだ。連立政権維持のため、彼らとの衝突を恐れるネタニヤフは「アウトポストの野放し化」には反対だが、有効な手は打ちにくいだろう。ライバルのベネットは「トランプ勝利がパレスチナ紛争に関するあらゆる問題の仕切り直しをもたらす好機となるであろう」「パレスチナ国家樹立を求める時代は終わった」と宣言し、意気盛んである。
トランプは既に選挙キャンペーン中から、自分が大統領に当選した暁には米大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移すと誓約してきた。腹心のグリーンブラットも当選直後の声明で「トランプは約束を守る男だから、この移転は行われるはずだろう」と語っている。この移転声明もイスラエル右派を勇気づけたのだ。エルサレムはイスラエル、パレスチナの双方が首都と宣言しているが、国際法上は首都と認められない係争地なのだ。
エルサレムの帰属問題は双方の間における和平実現にとって最も厄介な争点の一つである。だからこそアメリカをはじめ、諸外国は自国の大使館をエルサレムではなく、商都テルアビブに設置してきたのだ。エルサレムの領有権をイスラエル、パレスチナのどちらが握るかという終わり無き議論が続く中、一方への肩入れを避けるための苦肉の策であった。
それ故、今回のトランプ陣営による移転声明は、エルサレムの帰属問題については当事者間の外交交渉に委ねられるべきだとしてきた米中東政策の基本的立場からの逸脱を意味しているわけだ。今回の移転声明をパレスチナ側は、次期トランプ政権が「イスラエルに肩入れする兆し」と見なし、神経をとがらせている。一方、イスラエル側も、移転先は自分たちが熱望している聖都、東エルサレム(旧市街)なのか、それとも宗教的ありがたみのない西エルサレム(新市街)なのかをめぐり、目下、臆測が飛び交っている。来月始動する新生トランプ政権の動向を注視してゆきたい。(敬称略)
(さとう・ただゆき)