米イスラエル軍事援助増の背景

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

立役者はグラハム議員
「イラン核合意」と均衡取る

 9月14日、米・イスラエルは新たな軍事援助協定に調印した。これにより米政府は向こう10年間にわたり、総額380億ドルもの軍事援助金をイスラエルに供与することが決定したのだ。年額換算すると実に38億ドルとなる。これはアメリカがイスラエルに与えてきた軍事援助金としては、史上最高額であるばかりでなく、アメリカが地球上の一国家に与えた軍事援助金の中でも最高額となるものであった。

 ちなみに、過去10年間の軍事援助金では米政府は毎年30億ドルを供与してきた。またこれとは別に、米議会の自由裁量で与えることができる特別追加金として、年間5億ドルものミサイル防衛システム費をイスラエルは最近数年間にわたり支給されてきたのだ。それ故、今回の改定で、イスラエルは年額ベースで3億ドルもの実質的増額を勝ち取った勘定となる。

 この気前の良い大盤振る舞いの出発点は1979年のエジプト・イスラエル平和条約の締結だ。中東情勢の安定化実現のためにイスラエルがアラブの大国エジプトと仲直りすることを望むアメリカは嫌がるイスラエルに無理やり和平条約を結ばせたのだ。その見返りとして、今日まで続く潤沢な軍事援助金の支給を始めたという訳だ。

 当時のイスラエルは敵対的なアラブ諸国(シリア、イラク等)から国土を守るためアメリカからの多額の援助金が必要だったのだ。けれど今日のイスラエルは最先端兵器を装備した中東屈指の軍事大国に様変わりしているのだ。防空優位性も本年度末に配備される最新鋭機F35により、さらに増進するはずだ。国内には世界有数の軍事産業も育っている。その上、スンニ派アラブの湾岸産油国との協力体制も既に構築されているのだ。

 このようなイスラエルに対して、際限無き軍事援助金の増額を続けることは果たして正しい選択なのか。他の国ならば当然生じるはずのこうした異議は米政界ではまず大きな声とはならないのだ。これこそユダヤ・ロビーによる米政界への働き掛けが功を奏していることの証しと言えよう。そうしたユダヤ・ロビーの代弁者として、今回、協定締結の立役者となったのがサウスカロライナ州選出の連邦上院議員リンゼー・グラハムだ。

 グラハム率いる上院共和党議員団はイスラエル首相ネタニヤフの意向を受けて、当初、「年額40億ドル要求」をオバマ政権に突き付けたのだ。9カ月間に及ぶ厄介な交渉を繰り返した後、前述の「38億ドル」という妥協案に辿(たど)り着いたという訳だ。上院歳出委員会に分属する海外事業小委員会の委員長として、グラハムはこの仕事で権力を行使できる立場にあるのだ。

 彼は米議会でも名高い親イスラエル派だ。

 例えば3年前、オバマが新任の国防長官としてチャック・ヘーゲルを指名した時、ヘーゲルのイランとの対決姿勢が弱腰で、イスラエル支持が不十分であるとの理由で、指名反対の急先鋒(せんぽう)に立ったことは記憶に新しいところだ。またユダヤ・ロビーとの連携も緊密で、本年9月16日、JINSA(国家安全保障問題ユダヤ研究所、ジーンザと発音する)が開催した会議の席上でも、イスラエルはイランとその手下、ハマスやヒズボラから自国を守るためのさらなる援助を必要としていると力説。「自分はイスラエルへのさらなる援助金増額を今後も議案として提出してゆくつもりだ」と述べ、その忠勤ぶりをアピールしている。ちなみにJINSAとはイスラエルへの米製武器供与を円滑にするために米国防総省官僚へ働き掛けることを任務とした中堅どころの在米ユダヤ・ロビーである。

 ユダヤ人口が極めて希薄な農業州サウスカロライナを選挙区とするグラハム。ユダヤ票田に媚(こ)びる必要はないのだが、政治資金になるとまた話は別だ。94年の連邦下院当選以来、たびたびユダヤ・マネーの献金を受けてきた政治家なのだ。

 次に増額を認めたオバマ側の目論見(もくろみ)についても推察してみよう。第一は、先年、ネタニヤフ政権の反対を押し切り、自分が結んだ「イラン核合意」に対する埋め合わせをしたかったのだろう。つまりイスラエル側の不満をなだめる策と言えよう。

 第二は二国家分立案に基づくパレスチナ人との和平協定を結ぶようイスラエル側を説得するための布石だ。任期終了まで何とかイスラエル側の合意を得たいオバマ。「イスラエルに一方的に厳しい米大統領」という非難をかわすためにも今回の気前の良い軍事援助金供与協定を結ぶ必要があったのではあるまいか。いわばアメとムチのバランスを取る必要があったということだ。事前にアメを与えておけば、ネタニヤフに対して、一層大胆に和平協定締結に向けてのアプローチができる訳だ。11月8日の米大統領選以後、残り2カ月の任期中に、何とかこの問題を進展させ、大統領としての評価を高めたいオバマ。今回の寛大な軍事援助金供与の背後にはそうしたオバマの思惑も垣間見ることができるのである。

(さとう・ただゆき)