バリューボーターの「復権」

トランプ大統領の衝撃 米国と世界はどこに向かう(6)

 81%――。これは米大統領選で白人福音派キリスト教徒が共和党のドナルド・トランプ氏に投票した割合だ。この数字は、過去3回の同党大統領候補ミット・ロムニー、ジョン・マケイン、ジョージ・ブッシュの各氏を上回る。

 全有権者の26%を占めた保守的な福音派の圧倒的な支持がなければ、トランプ氏の勝利は不可能だったと言っていい。激戦州の中でも最重要視されたフロリダ州では福音派の85%が同氏に投じている。

 一方、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官が獲得した白人福音派票は16%。近年の民主党候補では最低の数字だ。

 宗教票でもう一つ注目すべきは、トランプ氏がカトリック票の52%を獲得し、クリントン氏の45%を上回ったことだ。ワシントン・ポスト紙とABCニュースの世論調査によると、8月の時点ではカトリック教徒の支持率はクリントン氏が61%で、27%のトランプ氏を34ポイントも引き離していた。

 「私の人生で見てきた中で、最も大きな人口統計学的変動の一つだ」。米カトリック大学のジェイ・リチャーズ助教授は、トランプ氏に否定的だったカトリック教徒が同氏支持に急激に傾いたことに驚きを隠せない。

 最大の疑問は、2度の離婚歴があり、わいせつ発言で激しい批判を浴びた、宗教とは程遠い存在のトランプ氏を、伝統的価値観を重視し「バリューボーター」と呼ばれる敬虔(けいけん)なキリスト教徒たちがなぜ熱烈に支持したかだ。

 「バリューボーターがトランプ氏に引き付けられたのは、同氏と価値観を共有していたからではなく、クリントン氏に対する懸念を共有していたからだ」。福音派系の有力保守派団体「家庭調査協議会」のトニー・パーキンス会長は、超リベラルなクリントン氏への反感がトランプ氏支持に向かわせたとみる。

 オバマ政権下で急速にリベラル化した米国では、同性婚に反対するキリスト教徒が罰金を科されたり、職を奪われるなど、信教の自由が脅かされる事例が相次いでいる。

 宗教に敵対的なオバマ政権の路線を継承することが確実なクリントン氏に対し、トランプ氏は信教の自由を擁護することを約束。トランプ氏が宗教的な人物でないとしても、「自己防衛」(リチャーズ氏)のためにトランプ氏に投じる以外に「選択肢がなかった」(同)のだ。

 また、トランプ氏がバリューボーターの信頼を固めたのが、第3回テレビ討論会だ。妊娠後期の部分出産中絶を「恐ろしい」と明確な反対姿勢を示し、中絶権擁護を訴えたクリントン氏との違いを際立たせた。生命倫理に敏感なカトリック教徒にとって、この討論会がトランプ氏支持に転じる「分岐点」(ワシントン・タイムズ紙)になったとの見方もある。

 近年、共和党主流派の間では、穏健路線を模索し、福音派を中心とする宗教保守派と距離を置く動きもあったが、今回の大統領選は宗教票の重要性を強く印象付けた。福音派系保守派団体「信仰と自由連合」のティム・ヘッド事務局長は「共和党は宗教保守派なしでは勝てない」と、バリューボーターの“復権”を強調している。

(ワシントン・早川俊行)