二つの「岩礁」問題で苦慮
特報’16
蔡英文台湾総統就任から3ヵ月
「現状維持」に向け正念場
大航海時代、ポルトガル船の船員があまりの美しさにフォルモサ(麗しき島)と叫んだとされる台湾。しかし、台湾は現在、その名前とは裏腹に常に政治的緊張を強いられている。その台湾のトップである総統に蔡英文氏が就任して3カ月が過ぎた。中国寄りの馬英九前総統とは異にし、「独立」でも「統一」でもない中台関係の「現状維持」を最大の政治課題とした蔡政権は、出だしから荒波にもまれている。(池永達夫)
南シナ海仲裁判決に反発
5月20日に就任した蔡総統が、まず行ったことは沖ノ鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)からの台湾巡視船退去だった。
1月の総統選で敗北した馬前総統が4月、日本との関係強化に動けないよう西太平洋の沖ノ鳥島に海洋権益紛争という溝を作った。赤じゅうたんで迎えられるべき蔡総統にいばらの道を用意したのだ。
直接のきっかけは4月下旬、沖ノ鳥島沖で違法操業中の台湾漁船を海上保安庁の巡視船が拿捕(だほ)したことだった。沖ノ鳥島周辺は日本がEEZを設定し、国際機関が承認していることから、漁業は許可が必要だ。しかし台湾政府は、沖ノ鳥島が「島」ではなく「岩礁」で、EEZは設定できないと主張。馬前総統は、漁船保護の名目で軍艦を伴った巡視船を派遣した。蔡政権になっても、巡視船を沖ノ鳥島から引き揚げさせないためだったと考えられる。その負の遺産を蔡総統は、就任早々に処理した。
中国が求める「一つの中国」に触れないまま、「独立」でも「統一」でもない中台関係の「現状維持」を担保するには、後ろ盾となる日米との関係強化に動く必要があった。
ところが皮肉なことに、その「岩礁」問題で蔡政権に思わぬ災難が降りかかった。オランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決だ。仲裁裁判所は先月12日、中国が独自に主張する境界線「9段線」について、国際法上の根拠がないとする判決を出した。さらに、中国が9段線の内側で築いた人工島は、排他的経済水域や大陸棚が認められる「島」ではなく、台湾が南沙諸島で実効支配する太平島についても、排他的経済水域を持たない「岩礁」との判断が下った。
これを受けて台湾総統府は、「審理の過程で台湾には仲裁裁判への参加を求められなかった」とした上で、「仲裁案は受け入れられず、法的効力を持っていない」と、中国と同じ反応を強いられた。
台湾国防部は判決翌日、南シナ海に軍艦1隻を派遣。出航時には蔡総統も駆け付け、主権を守る決意を強調した。さらに蔡政権は今月16日、葉俊栄内政部長(内相)を太平島に派遣、領有を主張した。
蔡政権はそれまで、中国と距離を置き、日米重視姿勢を見せてきた。しかし、南シナ海をめぐり、仲裁案を受け入れない中国に同調する形になり、中国側も「ともに南シナ海の領土主権を守る責任がある」として共闘姿勢を見せている。
ただ台湾海峡を挟んだ中国には、福建省を中心に1400基もの短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルが台湾に照準を合わせている。
中国は2005年、反国家分裂法を成立させ、台湾が独立への道を選択した場合、武力統一を合法化した。
中国がいう「一つの中国」とは、台湾を飼いならす「籠」を意味する。「籠の鳥になれ。えさはたっぷり与える。しかし、飛び出そうとしたら命はない」と言っているのと同じだ。
そうしたダモクレスの剣の下に置かれている台湾の人々の圧倒的多数が「現状維持」を求める。年初の総統選で、蔡氏に票を投じた689万人の願いこそは、蔡総統を支える最大のパワーだ。
台湾の成熟した政界では、「中国と付き合える」政治家は買われても「中国にすり寄る」政治は決して支持されることはない。
台北駐日経済文化代表処の代表として赴任した謝長廷氏の課題は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟のための下準備と中国の武力統一に向けた冒険主義を牽制(けんせい)する協力体制の構築だ。
中国の圧倒的な力の前に台湾がのみ込まれ、「第2の香港」にならないため蔡政権は、これからいよいよ正念場を迎える。