リアリズムより重要なこと、人に希望や楽観は必要

加藤 隆名寄市立大学教授 加藤 隆

現実に向き合う自身を問え

 ある雑誌に司馬遼太郎の文章を引用して、日本社会の持つ危うさを論じているコラムがあった。中身はこうである。

 「作家の司馬遼太郎は、リアリズム(現実主義)という言葉を好んで使った。“日露戦争を境にして、日本人は19世紀後半に自家製で身につけたリアリズムを失った”(「この国のかたち」) 実際はきわどい勝利だったのに、日本は神秘的な強さを持っていると勘違いし、それが第2次世界大戦の悲劇につながったと司馬は見ている。歴史という大河にまで思いを巡らせなくても、日々の小さな流れに根拠のない楽観論や希望的観測が潜んでいる…」

 こうして、コラムには日本社会の持つ危うさに警鐘を鳴らす文章が続き、このようにして現場や現実と向き合わないリアリズムの欠如が、昨今の自動車メーカーの燃費不正問題にもつながっていると結んでいる。

 これを読みながら、確かに合点のいくところも多かった。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式の日本人の持つ情緒や集団優先主義の空気が、時として現実を冷静に受け止めようとする理性的な態度を妨げている側面はあるし、テレビやネットがもたらす玉石混交の情報に踊らされて、根拠のない楽観論や希望的観測に陥ってしまう危険性は以前にもまして増大していることは間違いない。その意味では、司馬ではないが、沈着冷静に現実と向き合うリアリズムの精神こそ我々日本人に不可欠な素養だということができる。

 確かに、この主張は正鵠(せいこく)を得ているのだが、何か腑(ふ)に落ちないところも残るのである。現実と向き合うことだけで人間は真っ当になり、前向きに生きていくことができるのだろうか。国家や社会は、現実と向き合うことが必要十分条件のすべてなのだろうか。少し違うのではないだろうか。このことを、三つの視点からまとめたい。

 一つは、やはり楽観や希望的観測は人間に不可欠ではないかということである。昭和24年(1949年)に大ヒットした歌謡曲「青い山脈」(西条八十作詞、服部良一作曲)を例に取り上げてみたい。昭和24年といえば、まだ焼け跡には闇市が立ち並び、人々は配給された食糧だけでは生活はままならず、加えて700万人にも及ぶ戦地からの引き揚げもあって未(いま)だ社会的混乱を来していた時代である。そのような中で、人々は「青い山脈」を口にし、慰めと活力を得ていく。

 「父も夢見た母も見た 旅路の果てのその涯(はて)の 青い山脈みどりの谷へ 旅をゆく若い我らに鐘が鳴る」。現実と向き合えと主張するリアリズムだけならば、人々が眼前に見いだすものは、廃虚と化した希望なき日本社会だけだったはずである。そうではなく、父母が夢見た青い山脈(復興した日本の姿)を、若者も心の眼で思い描くことで生きる希望を紡ぎだし、やがてそれが現実変革のエネルギーとなっていったのである。人はパンのみで生きている存在ではないのだ。

 二つ目は、我々が真剣に向き合おうとしている現実や世界自体が相当に曖昧の体系であり、砂上の楼閣という側面がないだろうかということである。たとえば、戦後日本の国柄を根本的に規定している日本国憲法の前文では、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳(うた)っている。

 しかし、我々は「平和を愛する諸国民の公正と信義」という言葉が、美辞麗句の類いだと直感的に悟っている。現実には、二つの世界大戦で6000万人が死亡し、20世紀の後半だけでも150件の戦争で2300万人が死亡している。そして、連日のように報じられる難民やテロの深刻化などを通じて、人間の持ついかがわしさを我々は十分に知っているのに、その一方では、戦後民主社会の建前として、「平和を愛する諸国民なのですよ」と砂上のファンタジーを見せ続けられている。これが曖昧の体系の現実なのである。

 三つ目は、我々自身がリアリズムを論じられるほど正確性を備えている存在かという問いである。国際的にも著名な仏教学者の鈴木大拙は、次のような味わい深い言葉を残している。「人間の意識は、焦点(フォーカス)の当たるところしか見えない。しかも、その意識は自分の都合のいい、自己中心の焦点のところしか見ない。ところが、その焦点の当たるところは、時間的にも空間的にも無限の広がりを持っているために、その現実の方が刻々と移り変わって行く。そうすると、人間が意識で考えることは妄想になり、どんどん現実離れしていくのだ」と喝破するのである。

 世界的宗教は、人間の本当のリアリティーは今の姿にあるのではなく、生死(しょうじ)を超えたところにこそあるのだと訴える。仏教しかり、キリスト教しかり、「無知の知」を哲学の土台に据えたソクラテスしかりである。

 さて、コラム子は司馬遼太郎の言葉を借りて、現実と向き合うリアリズムの素養を訴えかけた。しかし、より重要なことは、その素養の主体である我々自身が、一体どのような存在として生まれ落ち、真のリアリティーは何処(いずこ)にあるのかを問い続けていくことこそ、向き合うべきテーマではないかと思うのである。

(かとう・たかし)