テレビの政治報道 国民冷めて影響力失う!?

公平に判断材料提供する義務

 参院選が公示された。「自公」VS「民共」という対決構造が明確なこともあって、メディアの選挙報道がいつになく熱を帯びているが、選挙報道が過熱すればするほど、その公正性をどう保つのかという課題はメディアの重要なテーマである。

 選挙におけるテレビの偏向報道の例として記憶に残るものに「椿事件」がある。1993年7月に行われた第40回衆院総選挙のあとに浮上したテレビ朝日の選挙報道をめぐる事件だ。

 新党ブームが巻き起こる中で行われた同総選挙では、与党自民党は解散前の議席数を維持したが、過半数を割り、非自民で構成した細川連立政権が誕生した。結党以来、自民党が野党に転落したのはこの時が初めて。この選挙で初当選したのが安倍晋三首相だった。

 選挙後、非自民政権誕生で上機嫌になって口が緩んだのか、テレビ朝日の取締役報道局長(当時)の椿貞良が日本民間放送連盟(民放連)の会合で、総選挙報道に当たっては「反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしよう」との方針を局内でまとめたという趣旨の発言を行った。

 それが新聞で報道されると大問題となり、放送法の違反の疑いで、テレビ朝日に対する免許取り消し措置も浮上。結局、椿は解任されたが、偏向報道の具体的な指示は否定したことなどから、同局の免許取り消しは見送られ、行政指導にとどまった事件だ。

 文藝評論家・社団法人日本平和学研究所理事長の小川榮太郎、米カリフォルニア州弁護士ケント・ギルバートらが呼び掛け人となって設立した「放送法遵守を求める視聴者の会」(以下、視聴者の会)が特定秘密保護法や安全保障関連法成立の際のテレビ報道に著しい偏向があり、その是正を求める活動を進めていることはこの欄でもこれまで2度(昨年12月25日付と今年4月20日付)取り上げたが、テレビ報道の公平性をめぐる議論が続いている。

 今月16日には、「テレビ報道と放送法」と題した公開討論会が東京都内で行われ、小川やギルバートも参加した。月刊誌では、「Hanada」7月号で、小川とジャーナリストの田原総一朗が「テレビは偏向しているか」をテーマに対談した。

 視聴者の会は、安保法制についてのテレビ報道における時間配分を分析した結果、賛成11%、反対89%、特定秘密保護法では賛成26%、反対74%で、著しく偏っていたとして、放送法4条に規定された番組編集準則(政治的に公平な報道などを求める)に「明らかに抵触します」と訴え、是正を求めている。椿事件のように、報道する側が偏向報道を公言したわけではないが、データが偏向報道であることを示した例と言える。

 だが、「僕は、テレビは一〇〇%権力批判でもいいと思っている」とする田原は、自民党が過去の選挙で3連勝しているのだから、テレビの影響力がなくなるとともに、「いかに国民の多くがテレビを冷めて見ているのか、という証拠だよ」と、批判を一蹴した。

 田原の分析は的を射ているのかもしれないが、そうだとしても、テレビが偏向報道を行っても許されるという理由にはならない。もし、公平な報道を行ったら、自民党の勝利はさらに大きくなり、結局、野党は抜本的な改革を迫られていたはずであるし、偏向報道によって延命する野党が存在していることになれば、日本の民主主義の発展にとっては不幸である。

 また、田原は「国境なき記者団」が発表した「報道の自由度ランキング」で、日本は前年よりもランキングを下げて180カ国中の72位だったことを取り上げて、「テレビなどの報道が自由すぎる、勝手すぎるというのなら、もっと順位は高くなるんじゃないの? 韓国よりも低いなんて恥ずかしいことだよ」と強調した。しかし、この調査が信頼に値するとどうして言えるのか。

 小川は「こんな調査を持ち出すほうが恥ずかしい」としながら、産経新聞の記者を拘束した韓国よりも下だというのだから、このランキングを疑ってみるのが当然だと反論した。この調査のいかがわしさを指摘した小川の主張に説得力がある。

 小川に反論されると、田原は「僕も『国境なき記者団』の問題点は知っている」としたが、その一方で、今度は国連人権理事会が任命した特別報告者で「表現の自由」を担当するデビット・ケイ(米カリフォルニア大学アーバイン校教授)が4月、東京で記者会見し、「日本の報道機関の独立性が深刻な脅威に曝(さら)されていることを憂慮している」と語ったことを取り上げた。

 一方、高市早苗総務相が今年2月、国会で政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合、放送法違反を理由に、放送局の電波停止を命じる可能性に言及したことに対して、田原はジャーナリスト6人とともに記者会見し「発言は、憲法や放送法の精神に反している」と非難した。これに対して、高市発言に対する非難から、国連報告者が来日し、記者会見するまでの動きに「謀(たばか)り」の疑いを指摘するジャーナリストもいる。

 元朝日新聞記者の長谷川★(=黒の里を臣己に)と永栄潔だ。2人は「Hanada」で対談したが(「朝日新聞の『部数偽装問題』」)、その中で、永栄は次のように述べている。

 民主党議員(当時)が何の必然性もなく、放送法の解釈をめぐって高市総務相に質問する。同総務相は法律通りに応えただけだが、すかさずジャーナリストたちが記者会見し批判するし、憲法やマスコミ論の学者も緊急記者会見を行う。そこに国連報告者が来日するとともに、国境なき記者団が日本の報道の自由度が下がったと発表する。

 「それやこれらを朝日新聞が五十回近く報道する……。どこか仕組まれた感じのする、できすぎの“流れ”でしたね」というのである。長谷川も「高市発言批判の動きと軌を一にしているとしか思えない動きもありました」として、国連報告者の来日に疑念を呈した。両人の見方に一定の説得力を感じるほど、あまりにできすぎた一連の動きである。

 編集委員 森田 清策