米・イスラエル関係の葛藤
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
確執と計算が生む危険
首脳間で不信渦巻く核交渉
3月17日のイスラエル選挙では、ネタニヤフ首相率いるリクード党が120議席中30議席を得、シオニスト連合に6議席もの差をつけて勝利した。選挙直前にはシオニスト連合が有利と見られていただけに、大方の予測に反する大勝であった。しかし、この勝利の代償は大きい。
ネタニヤフ首相が投票日直前に、パレスチナ国家樹立を認め2国解決を目指すという公約を覆したこと、アラブ系イスラエル人を危険視する敵対的発言が逆転勝利に貢献したと分析されている。醜い選挙手法は非難されて当然である。イスラエルは国際社会で孤立を深めるだろうし、イスラエルとパレスチナ間の緊張、イスラエル内におけるユダヤ系とアラブ系国民間の溝は深まり、和平交渉は絶望的、アメリカ大統領との関係は氷のように冷たくなったといえる。
しかし、この事態を招いたのはネタニヤフ首相だけの責任とはいえない。イスラエル国民がネタニヤフ首相を再選した理由は国家の存続をかけた安全保障である。イランはイスラエルを地上から抹消すると宣言してきたが、そのイランとアメリカを含めたP5+1(安保理常任理事国5カ国とドイツ)の核兵器開発を巡る交渉の行方はイスラエル人に深い懸念を与えている。
今月初めのネタニヤフ首相の米上下両院合同本会議での演説は、イランがイスラエルにもたらす危機とアメリカの支援を雄弁に訴え、共和、民主両党の議員たちの心を揺さぶった。選挙を前に上手い選挙戦術でもあった。しかし、ホワイトハウスと事前に相談もせず、それもイスラエルの選挙の直前に議会がネタニヤフ首相を招いたのは褒められた行動ではない。それにもまして共和党上院議員47名が、イランがたとえP5+1と核開発中止合意に至っても、次期米大統領がそれを無効とする可能性があるとイラン指導部に書簡を送ったのは、国際政治の常識や自国の政治制度を無視する、あるまじき行為であった。
一方、オバマ大統領とネタニヤフ首相の間には信頼関係が全くないのは広く知られている。イスラエルの安全保障はアメリカに大きく頼っており、アメリカ大統領からの信頼を失ったイスラエル首相は自国民からの信頼も失うと見なされてきた。1991年イサック・シャミール首相はマドリッド和平交渉に反対し、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領に旧ソ連邦からの移民のためのローン保証を差し止められ、シャミール首相は立場を覆したものの、政権は直後に崩壊したのが良い例である。
しかし、ネタニヤフ首相はオバマ大統領との関係が悪化しても自国民の支持は変わらない。それはイスラエル国民がアメリカを信用しても、オバマ大統領を信用していないからである。オバマ大統領は大統領就任直後からアラブ諸国やムスリムとの関係改善を訴えてきたが、イランに手を差し伸べる前にイスラエルとの信頼関係、特に指導部との信頼関係を確立することを怠った。本年2月にイスラエルで行われた意見調査によれば、回答者の72%がオバマ大統領はイランが核兵器を保有するのを必ず妨げるとは信じていない。この数字は昨年比8%増えている。この不信感もネタニヤフ首相の勝利に大きく貢献した。
シオニスト党をはじめイスラエルの左派野党が、国民の不安や不満に答える解決策を提示できなかったこともネタニヤフ首相を有利にした。イランの核兵器開発、アラブ諸国で起きている騒乱、また国内の経済や失業問題も含め野党は国民が希望をもてるような代替案を提案しなかった。
ネタニヤフ首相ばかりか野党、アメリカ大統領も議会も責任ある言動を取らなかったといえる。その結果生まれたネタニヤフ首相の勝利は、国際社会の非難以上の深刻な問題を抱えている。
オバマ大統領とネタニヤフ首相の関係がさらに悪くなったのは疑いようもない。すでにホワイトハウスが発表したように、国連におけるパレスチナ国家承認決議反対という政策を覆すかもしれない。これまでアメリカの超分裂的政治環境においてもイスラエル支持だけは超党派であった。しかし、ネタニヤフ首相の選挙戦術によって、イスラエル支持という原則は変わらないものの、イラン首脳部への書簡問題もあり、民主・共和両党間に溝を生み、よりタカ派の共和党内ですら一部で無条件にネタニヤフ政策を支持することには疑念が生まれた。ホワイトハウスと議会、両党間にイスラエルを巡ってこれだけの溝が生まれたのは初めてである。
イスラエルは国内の対立を深める余地も、その姿勢が自国の運命を左右するアメリカの大統領との関係を悪化させる余地も、米議会の自国に対する支持を弱める余地もないはずである。イスラエル内のアラブ系人口は増えており、2国家政策がすすまなければ、ユダヤ系市民が半数以下になる日は遠くない。隣国エジプトは政治的不安定、また、ISIL(「イラクとレバントにおけるイスラム国」)がシリア、イラクからイエメン、リビア、そしてチュニジアにまで勢力を伸ばしている。イランに対し一国で軍事攻撃を成功させることもできない。国際社会ではますます孤立を深めている。
果たしてイスラエルは国際社会の一員として平和に存続する環境を確立することができるのか。見通しは決して明るくない。
(かせ・みき)