若きグローバル人材の育成

柏木 茂雄慶應義塾大学大学院教授 柏木 茂雄

チャレンジできる社会に

垣根ある諸制度を変革せよ

 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

 新年はどういう年になるのだろう。世界は大きく動いており、我が国も経済の再生を早め国際社会における存在感を一刻も早く取り戻したいものである。

 しかし、最近の若者は元気がなく内向き志向であると言われる。グローバル社会で思う存分の活躍をしている若い人もいないわけではないが、それは一握りである。多くの若者はリスクを取りたがらず居心地の良い現状に満足している。

 日本経済の停滞が長く続き、親世代より生活レベルが低下するとの見通しがある以上、リスク回避志向はやむを得ない面もある。だからこそ早期のデフレ脱却と経済の好循環の開始が望まれる。

 その間、若者を励ますことも重要だが、若者のリスク回避傾向を彼らのせいだけにして良いのだろうか。その原因となっている社会の諸制度を見直すことも重要ではないだろうか。

 リスクを取りつつ高いリターンを求めるためには、多様な選択肢の下で自由な選択が許容され奨励される必要がある。しかし、我が国では選択の自由が制限され選択の変更にも多大の労力が伴うことが多い。選択に失敗した場合のコストも大きい。

 思えば、我々は小学生の頃から画一的な教育を受けており皆と同じように行動することの重要性を叩き込まれてきた。制服や給食を通して自ら選択する必要なく黙って皆と同じように行動すれば良いとされてきた。

 大学で何を学ぶかについても基本的には入学時に決めろと言われ、入学後の変更は制度上可能であるが実際上は難しいとされてきた。青春時代は誰もが多感な時期を過ごし、自ら見聞を広めることにより自分の興味と関心が変化することは大いにあり得るし、むしろ奨励されるべきであろう。米国では専攻分野の変更が比較的容易であり、それが社会に出てからの路線変更を容認する姿勢につながっている。

 我が国では、学部教授会の存在ゆえに学部間の垣根が極めて高く、入学後の路線変更に対するネックとなっている。学際的な研究が強く叫ばれる今日においても、昔からの垣根が多くの大学において存続している。理科系分野では、学部学科の垣根が社会に出てからの組織内部での垣根形成に寄与している。

 このような垣根の存在によって日本人の多くは早くから自分の路線を確定させ、その後の路線変更に対して消極的な姿勢をとることを植え付けられてきた。経済がグローバル化し社会がこれだけ流動化してきても、このような大学の本質は基本的に変化していない。

 就職の際も、企業側が好む新卒一括採用という制度の存在によって多様な学生生活を過ごす自由が制限されている。皆と同じように就活をしない限りまともな職に就けない。大学が自らのグローバル化のために秋入学を進めようとしても一括採用がネックとなる。企業自らがグローバル化の動きを阻止しているように見える。

 就活の時期に学生が一様に、いわゆるリクルートルックで街を歩き回るのを見ると可哀想に思う。学生サイドに「皆と同じ」を望む姿勢があることも否めないが、企業側にもっと自由な発想を奨励する姿勢があっても良いと思う。

 職場においては海外勤務の機会が確実に広がっている。しかし、チャンスを与えられても家庭の事情等を理由に単身赴任する人も多い。学童期の子弟を現地にある日本人学校に通わせた場合においてのみ企業が教育費を補助し、インターナショナル・スクールに通わせた場合は補助しないという企業もあると聞く。そのような企業自身、採用にあたって「グローバル人材を求める」と謳うのだから不思議である。それはどのように育つと思うのだろうか。

 グローバル社会において日本人が活躍し、存在感を発揮するためには一人一人が問題意識を持って努力する必要がある。他人のせいばかりに出来ない。将来を背負う若者が思う存分活躍し、リスクを恐れずグローバル経済にチャレンジするためには、そのような若者が育つよう社会の諸制度を変革する必要がある。この点は親世代の責任であることを我々がしっかり認識すべきである。

 同時に、若者も何でも社会のせいにすることなく、常に自分の意見を持ち、それを表明し、自ら未来を切り開く必要がある。ただでさえ高齢化社会では高齢者の意見が多く通りがちであり若者には辛い時代である。この国の将来を担う若年層が奮起できるよう中高年もやるべきことが多い。

 かしわぎ・しげお 昭和48年、慶應義塾大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。国際通貨基金(IMF)及びアジア開発銀行に12年間出向。平成19年、IMF理事を最後に財務省退官。慶應義塾大学大学院商学研究科で教鞭を執る一方、財務省財務総合政策研究所の特別研究官として、途上国政府に対する知的支援を行う。ウズベキスタン共和国金融財政アカデミー第一副院長。