米・EUとロシアの経済戦争

乾 一宇 コピーロシア研究家 乾 一宇

対露制裁の上に原油安

ウクライナめぐる我慢比べ

 原油価格は6月に100㌦台の高値を付けたあと約5割近く下落して50㌦台になった。石油輸出国機構(OPEC)は、11月27日の総会で、ベネズエラなどが主張する減産策を退け、現状の生産目標・日量3000万バレルに据え置くことを決めた。

 盟主サウジアラビアの狙いは、一層の価格下落でシェールオイルを採算割れに追い込むことだと言われた。

 また、敢えて損失を省みない価格下落について、ロシアを押し潰す策であるとの見方がある。1985年春~86年夏にかけて米・サウジが大幅な原油価格下落を誘導したことがソ連崩壊の一因に繋(つな)がった、とロシアでは広く信じられている。

 今回「米国とサウジが対立関係にあるロシアとイランに価格戦争を仕掛けている」との寄稿記事がニューヨーク・タイムズ紙にでた。「状況証拠」はシリア内戦での米・サウジとロシアとの対立、ウクライナ問題やイランの核開発をめぐる米露の確執などである(『産経新聞』11月27日)。

 イランは国庫収入の6割、ロシアは5割前後を原油収入に依存しているとされ、価格下落は両国経済を直撃している。ちなみに、11月30日、露ウリュカエフ経済発展相は、ロシアが核開発問題で米欧の制裁下にあるイランの石油を購入し、代わりに穀物や工業製品をイランに輸出するバーター取引が近く始まる見通しだ、と述べた。

 4月4日の露『プラウダ』紙によれば、オバマ大統領が3月末サウジアラビアを訪問、ロシアのクリミア併合に天誅(てんちゅう)を加えるため、原油価格を引き下げ誘導することをアブドラ国王と協議した、という。

 露『独立新聞』紙(11月14日)によれば、11月11日に原油は1バレルあたり82㌦に下がった。これ以上下がると、ロシアの新規開発油田は採算がとれなくなる。これだけでなく、本年度の国家予算の前提は、104㌦であり、国家収入が大きく減ずることになる。

 露のルーブルは、本年初め1㌦=33ルーブルであったのが、原油安、ロシアへの経済制裁により、50%下落45ルーブルに、OPECの減産見送り後さらに下落、11月28日には50ルーブル台、さらに12月16日、欧州為替市場で1㌦=73ルーブル台と最安値を更新している。国民はインフレに直面することになる。

 誕生後20年余、ロシアは世界第6位の経済大国になり、特に欧州連合(EU)との経済的結び付きは強固になっている(*1)。したがって、ロシアへの米・EUの経済制裁は互いに損失を蒙(こうむ)ることになる。

 マレーシア機撃墜事件による7月の追加経済制裁は、露政府系金融機関、エネルギー企業を対象とし、ロシアへの投資や技術供与を制限することにある。

 西側の追加制裁に対し、ロシアは、8月、食料品輸入禁止の対抗措置に出た。EUのロシアへの食料輸出は約50億ユーロ(露の食料輸入の4割)である。

 米国の対露貿易額は、欧州の10分の1で対露制裁で強硬策をとれる。だが、EUは経済的結び付きが大きく、対露輸出は総額で年間1200億ユーロ、そのうち独は360億、伊は110億ユーロを輸出している。ラトビアは飲料、たばこ輸出の4分の3、リトアニアは食料輸出の3分の1がロシア向けである。

 紛争前、ウクライナの輸出の4分の1はロシアであった。またウクライナ経済はロシアの天然ガスに依存している。

 10月末にはウクライナの外貨準備高は126億㌦に落ち込んだ。安定した経済には、120億~150億㌦の追加の対外資金が必要とされる。しかし、支援国・機関の追加援助は十分でない。しかも本年末には100億㌦の対外債務を返済しなければならない。政府は、汚職(*2)を撲滅し、公務員の削減・減給、公共料金の値上げ(例えば燃料補助金撤廃)など、国民が痛みに耐える政策を実行しなければならない。

 東部の戦闘は炭鉱と製鉄所の生産停止をもたらしている。12月1日からウクライナ政府は、東部占拠地域住民の年金、奨学金などの社会保障費や公務員・国営企業従業者の給与を停止、引っ越さない限り現金を受け取れないようにした。もしロシアがこれを抱え込む場合、大きな経済負担となる。

 来年の露予算(12月3日署名)は、通貨レートを1㌦=38ルーブル、国際石油価格を1バレル=96㌦と想定している。あまい数字である。12月4日の大統領年次教書では、「3~4年間で世界平均を上回る経済成長を達成する」と楽観的な姿勢を示した。米・EU・ウクライナとロシアとの我慢くらべが続く。

(いぬい・いちう)

(*1)例えば、英国石油会社BPは、ロシア石油会社ロスネフチの約20%の株主であり、BPの利益の4分の1を得ている。

(*2)国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル12月3日の発表によれば、2014年の汚職指数・清潔度はウクライナ26点(100点満点)、142位(175カ国中)と低い(日本76点15位、米国74点17位、中国36点100位)。