韓国最高裁賠償判決に思う
日韓請求権協定を無視
法律論として首肯し得ない
韓国で7月、戦時中の強制徴用に対する個人の賠償請求権を認め、日本企業に元労働者への賠償金支払いなどを命じる判決が続いたが、判決は日韓請求権協定(1965年)を真っ向から否定するものである。請求権協定は、両国の国交を正常化した日韓基本条約とともに結ばれたもので、「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題」が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」と明記している。
しかし、03年の盧武鉉大統領登場後、請求権協定の見直しが始まり、経済協力資金に対し、「ポスコなど一部の大企業だけが恩恵を被った」「朴正熙大統領の軍事政権が密室で取り引きした」との思いが強く、盧政権は05年、韓国内の官民共同委員会で、日本による「反人道的行為など」については個人請求権があると一方的に主張し、いわゆる従軍慰安婦と原爆被害者、サハリン残留韓国人を協定の例外とした。
が、歴代日韓両政権は元徴用工については、請求権協定の範囲内に含まれ、日本政府に追加補償を求めるのは困難と結論づけた。同時にその徴用工に対する韓国政府の補償は不十分だったとして、追加支援を決めている。同年に公開された国交正常化交渉時の韓国側外交文書によると、韓国外務省は当時日本側の照会に対し、「請求権保有者への補償義務は韓国政府が負う」と回答していた。
ところが、一部の元徴用工は「強制徴用も植民地支配という不法行為による被害であり、賠償は韓国政府ではなく、加害者である日本企業が行うべきだ」として、法廷闘争を続行し、韓国最高裁は12年5月、「植民地支配に直結した不法行為」に拡大、徴用工の請求権を認定し、盧政権の主張を超える判断を下したのである。
我が国最高裁判所第2小法廷平成15年(03年)11月29日判決によれば、平和条約2条において、我が国は、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、同4条において、この地域に関し、日本国及びその国民に対する同地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理等は、日本国と同当局との間の特別取極との主題とするものとされた。
これを受けて、日本と韓国は、昭和40年(65年)6月22日、日韓請求権協定を締結し、同協定2条3において、「一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」と規定している。その後、日韓請求権協定を受けて制定された措置法は、韓国又はその国民の日本国又はその国民に対する債権であって日韓請求権協定2条3の財産、権利及び利益に該当するものは、昭和40年6月22日において原則として消滅したものとする旨規定した。
措置法の規定は、第2次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項を対象とするものである。第2次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は、本来憲法の予定しないところであり、そのための処理に関して損害が生じたとしても、その損害に対する補償は、戦争損害と同様に憲法の予想しないものであることは昭和43年(68年)11月27日の最高裁判所大法廷判決が判示するところであり、措置法が憲法14条、29条3項、98条に違反するものではないことを平成13年(01年)11月22日の最高裁判所第一小法廷判決が判示している。
然るに韓国大法院は、(1)日本の判決は植民地支配が合法であるという認識を前提に、国家総動員法の原告への適用を有効であると評価しているが、日本による韓国支配は違法な占領に過ぎず、強制動員自体を違法とみなす韓国憲法の価値観に反している。(2)旧三菱重工等の韓国国民に対する債務が免除される結果となるのは、公序良俗に照らして容認できない。(3)日韓請求権協定は、いわゆるサンフランシスコ講和条約(昭和27年条約第5号)第4条に基づき、日韓間の債権債務関係を政治的合意によって解決したものであり、植民地支配に対する賠償を放棄したものではないと指摘し、個人の未払賃金等の債権債務関係についても、外交的保護権が放棄されただけであり、個人請求権は請求権協定により消滅していない――と判示しているが、法律論としては全く首肯し得ないものである。
外交通商部の趙炳●(王へんに弟)報道官は12年5月29日、今回の大法院判決に関し、(1)韓国政府の立場は一貫しており、(日韓請求権協定で徴用工の請求権に関する問題は外交上解決済みとの)政府の立場に変更はない(2)今回の判決は、政府が当事者ではなく、個人と企業の訴訟であるため、判決を尊重するものの、拘束力という点では様々な検討が必要であるとの立場を表明している。
なお、平成19年(07年)5月31日名古屋高裁判決は、協定2条3において「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたこと」により、韓国及びその国民がどのような根拠に基づいて日本国及びその国民に請求しようとも、日本国及びその国民はこれに応じる法的義務がなくなったという意味であることは明らかであると判示している(同旨東京高裁平14・3・2、福岡高裁平16・5・24判決)。
(あきやま・しょうはち)