「靖国」不戦の誓い積極発信を
世界中の戦没者を祀る
戦犯の為にミサをあげた法王庁
昨年末の安倍総理による靖国参拝に対し、中韓両国がまたまた問題にしているようだ。もううんざりで、いい加減にしてもらいたい。ここでは、所謂(いわゆる)「A級戦犯」が合祀(ごうし)されており、軍国主義の象徴と見られているからだ。そもそもA級戦犯とは過激なイメージが強く、一番罪が重いと誤解されやすいが、これは誤り。戦争指導に当たった国家指導者という、そもそもカテゴリーの問題であり、A級だったが、実際に被告にならなかった岸信介元総理(安倍総理の御祖父)も含まれていた!
このように、敗戦後日本の自信喪失時代に生まれた「靖国問題」はこの辺でケリをつけるべきだ。それに我が国には他国に見られぬ独特の死生観がある。記憶が正しければ、数年前の中国旅行中に泰檜という南宋時代の「反逆者」をかたどった石の坐像があり、通りがかりの人々がこれに唾をかけるのを許していた由で我が国では考えられぬことだ。
昔、浄土真宗の親鸞上人の言葉に「悪人なお往生す。況(いわ)んや善人をや」というのがあったと記憶している。これこそ日本哲学の権化であろう。
そもそも靖国神社には「鎮霊社」という祠(ほこら)があり、ここでは1853年のペリー来航以来の、本殿に祀(まつ)られていない日本人戦没者(民間人や戊辰(ぼしん)戦争の旧幕府軍、西南戦争の西郷隆盛方「朝敵」の戦没者)や世界中の戦没者が祀られている由だ。
靖国神社は、戦意向上のため前大戦の際に大いに喧伝されたのは事実である。これが、アメリカ当局には効いた。
戦後、米占領軍(日本政府は国民感情を刺激し過ぎざるよう占領軍なる言葉を避け、あえて「進駐軍」と称した)当局のGHQは、この社を焼却のうえドッグレース場建設の計画を有していた模様だが、ブルーノ・ビッテル上智大学学長(ローマ法王庁代表)は、「如何なる国家もその国家のために身を挺した戦士に敬意を払う権利と義務を有する。戦勝国、敗戦国かを問わず、平等たるべし」と論じ、「社の焼却は占領政策と相容れぬ犯罪であり、信仰の自由を尊重し、如何なる宗教であろうと国家のために死んだ者はすべて靖国にその霊を祀ることを進言する」とした。
かくして靖国は焼却を免れた。これとは別に1975年真言宗醍醐派品川寺の仲田順和師(筆者も面識あり)がパウロ6世に対し東京裁判の戦犯に対するミサを依頼し、教皇はこれを約束して、その後1980年、戦犯として処刑された人々へのミサがサン・ピエトロ大聖堂でおこなわれた。その後、カトリック信徒の神社参拝を許容している。
確かに靖国神社に対しては、在米崔天凱中国大使は「軍国主義崇拝の象徴であり、参拝は世界に対する挑戦だ」としている。大いなる誤解である。しかしながら、かかる現象の招来は日本人自身の責任でもある。戦後、日本の政府当局は開戦の責任をも含めて靖国の英霊に謝罪し、一貫して参拝しておくべきだった。
戦争の記憶は年代を経てから忘れ去られていく。一時の英雄ナポレオンも戦犯としてセントヘレーナに流罪にされたが、一世代経った1840年にはパリのアンヴァリッド(廃兵院)に祀られた。我が国では1945年の敗戦後70年代まで「靖国問題」は存在しなかった。「戦犯合祀」後、鈴木善幸、中曽根康弘総理まで19回問題なく参拝されていた。80年代に所謂「歴史問題」が陽の目を見た。当初この問題は日本の左翼反米勢力から対外に発信されたものであり、中曽根総理靖国参拝阻止のためのプレス・キャンペーンや、日本社会党による中国への働きかけを見れば明らかであろう。
昨年4月の春の例大祭には麻生財務大臣、古屋国家公安委員長、新藤総務大臣、稲田内閣府特命担当大臣(規制改革担当)の参拝があり、8月15日には麻生大臣以外の前記3閣僚が、そして遂に昨年末に上記の通り、安倍総理の7年ぶりの総理としての靖国参拝が実現したのである。中国筋の反応は容易に想定できたが、韓国筋の反応は一寸予想外だった。
1月11日付夕刊フジによると、韓国の某研究センターによる世論調査では「日本との関係改善のために大統領が積極的に動くべきだ」と答えた人は57・8%に達し、「必要なし」が33・8%、日韓首脳会談の開催賛成49・5%、反対40・7%だった。同時に「中央日報」社説は「対日外交のやり方も、より穏やかになるべきだ」と求めた由。中国が第三国のメディアなどを通じて批判を展開しているのに対し、外務省は、在外公館に対し、参拝の真意は「不戦の誓い」なる点積極的に発信するよう指示した由だ。
日本人の控えめな態度を見直して、一徹して主張すべきは断固として主張する――これが世界に直面する国の在り方になることを銘記すべきである。ならぬことはならぬのだ。
(おおた・まさとし)






