ルラ・ブラジル元大統領が収監
ブラジルのルラ・ダシルバ元大統領(72)が収賄などの罪で収監された。過去にない規模の汚職と大統領経験者の収監という事態は、ブラジルを揺るがす政治事件として注目を集めている。
(サンパウロ・綾村 悟)
収賄疑惑後も根強い支持
問われる民主主義の成熟度
ブラジルで話題となっているドラマがある。ネット動画配信大手ネットフリックスが今年3月から配信している連続ドラマ「ザ・メカニズム」がそれだ。
このドラマは、公式には認めていないが、2014年に最初の疑惑が発覚して以来、ブラジル社会を震撼(しんかん)させている政治汚職事件を題材として扱っている。ルラ氏やルセフ前大統領、建設大手のトップや収賄事件で捜査を主導したモロ判事らを連想させる人物が登場し、「汚職は国家のがん細胞だ」と言い切る捜査官の口癖と合わせて反響を呼んでいる。
ドラマの題材となった汚職事件は、国営石油公社ペトロブラスをめぐる不正献金疑惑で、同社の下請け事業などに絡んだ工事や契約をめぐり、建設大手オデブレヒトなどから政界に膨大な不正献金が流れたとされている。
この汚職事件では、日本円にして6500億円規模の損害が出ているとの現地報道もある。事件の捜査では、与野党を含む多くの国会議員が対象となった。ルラ氏が党首を務めていた労働党からも、ルラ政権時代の官房長官や党中枢の政治家が逮捕された。
収賄罪と資金洗浄の罪で12年1月の実刑判決を受けたルラ氏は今月7日、南部パラナ州クリチバの連邦警察施設に収監された。ブラジルの大統領経験者が一般犯罪で収監されるのは初めてで、その様子は全国に生中継された。
ルラ氏は、まれに見る人気を誇るカリスマ政治家だ。2003~10年の在任時には、最高80%の支持率を得た。収賄疑惑が取り沙汰された後も、次期大統領候補として4割近い支持を集め、他の候補に大差をつけていた。収監されていなければ、間違いなく最有力候補の一人だった。
収監により、ルラ氏が今年10月の大統領選に出馬できる可能性はほぼ消滅したが、同氏を支持する動きは今も根強い。収監前には、ルラ氏が籠城していたサンパウロの金属工組合の建物の周りに数千人の支持者らが集まり、収監を阻止しようとした。現在、ルラ氏が収監されている警察施設の周囲には、1000人近い支援者がテント生活を送りながら無罪と釈放を訴えている。
今後のブラジル政界の争点は、保釈申請と控訴によって無罪を訴え続けようとしているルラ陣営の動きと大統領選の行方になる。
ブラジル国民の政治に対する信頼度は、右派や左派を問わず失墜しており、相次ぐ汚職事件や政治の迷走で最悪の状態にある。数年にわたる経済の停滞は庶民の生活をむしばみ、治安の悪化も国民の不満を募らせている大きな要因だ。
こうした中、極右政治家で「ブラジル版トランプ」と言われる元軍人のボウソナロ下院議員(62)がルラ氏に次ぐ支持を集めている。ボウソナロ氏が決選投票などを経て当選する可能性は限りなく低い。ただ、ブラジルでは最近、リオデジャネイロで著名な左派系市議が暗殺されたり、ルラ氏の選挙キャラバン隊のバスに銃弾が撃ち込まれるなどの事件が相次いでいる。
ブラジルは軍政から民政に移行してから30年以上が経過したが、ルラ氏収監をめぐる議論や大統領選の行方を含め、民主主義の成熟度が改めて問われている。






