NAFTA再交渉求めるトランプ政権

メキシコ、農産物で巻き返しへ

 米トランプ大統領の保護貿易主義的な過激な発言は、各国の懸念を高める一方で、槍玉(やりだま)に挙げられた企業の対応を促す要因となっている。批判の矛先が向けられているメキシコは、南米諸国を巻き込みながら「トランプ時代」に合わせた貿易・外交政策の転換を図ろうとしている。(サンパウロ・綾村 悟)

トウモロコシなどの輸入を南米諸国に拡大
米農家の既得権益に打撃も

 トランプ大統領は、昨年の大統領選当時から米経済、特に製造業の復活を掲げながら保護貿易主義的な政策を打ち出してきた。カナダ、米国、メキシコが参加する自由貿易圏協定の北米自由貿易協定(NAFTA)に関しては、米国だけが膨大な赤字を背負わされていると批判、メキシコとカナダ政府を相手に同協定の再交渉を行うとしてきた。

トランプ氏(右)とペニャニエト氏

米大統領選候補当時のトランプ氏(右)と共同記者会見に臨むメキシコのペニャニエト大統領=2016年8月、メキシコ市(AFP=時事)

 最も強い攻撃の対象となっているのがメキシコだ。トランプ大統領は、米国に輸出される自動車の多くがメキシコで生産されていることから、雇用の多くが奪われていると批判。メキシコからの自動車輸入などに20%の関税を掛けるべきだと主張している。

 さらに、トランプ大統領はメキシコから流入する移民を制限するために、長大な壁を築くと主張、建設費用はメキシコが負担すべきだと言ってきた。

 メキシコのペニャニエト大統領は、最近、南米各国などを巻き込みながら、今年中にも開催されると目されているトランプ米政権とのNAFTA絡みの交渉に臨もうとしている。

 メキシコ側が最も有力なカードになるとみているのが、農作物だ。メキシコは、米国にとって実は有数の輸出国でもあり、特にトウモロコシをはじめとする農作物の対メキシコ輸出は、年間にして177億㌦(約2兆円)にも達する。

 メキシコで消費する実に98%のトウモロコシが米国産。米国の農家にとって、メキシコは欠かせない輸出先となっている。

 米国産の遺伝子組み替えによる安価なトウモロコシは、NAFTAが1994年に発効して以来、対メキシコ輸出が5倍にも増え、メキシコのトウモロコシ農家は窮地に追い込まれた。

 メキシコでは、コメの年間消費量の約110万㌧に対して、国内生産量は約16万㌧と伸び悩んでおり、消費の多くを米国からの輸入で賄っている。

 そのメキシコは、トウモロコシやコメなど農作物の輸入をブラジルやアルゼンチンに拡大。両国からの農作物輸入を免税にしようとする動きを見せている。特に、南米最大の農業国でもあるブラジルとの間では、数年越しで交渉が進んでおり、在ブラジルのメキシコ大使は「(コメの輸入などは)大まかな線で合意は形成されつつある」と言明している。

 当然、米国はメキシコと地続きということもあり、現状のコスト面では米国がブラジルやアルゼンチンに対して有利だ。ただし、ブラジルからの農産物などに関税がなくなれば、人件費などを含めて将来的にはコスト的には、それほど変わらなくなるとの試算もある。

 メキシコの政府関係者は「NAFTAで恩恵を受けているのは決してメキシコの製造業者だけではない」と強調する。現在、米国の農家はNAFTAにより関税面などで守られているが、NAFTAの再交渉が行われた後にも、ブラジルやアルゼンチンなどに対抗できるかは不明だ。NAFTAの関税枠を外れた場合、米国産のトウモロコシはWTOの規定で最大194%の関税を課される可能性もあるという。

 メキシコは、米国とのNAFTA再交渉の会合では、ブラジルやアルゼンチンとの交渉経緯や、米国のトウモロコシ農家に与える影響などを、交渉のテーブルに出す用意がある。

 米国の穀物飼料取引業者協会は、NAFTAによる税制優遇等を固守する方向性を示しており、トランプ政権が求めているNAFTAの再交渉が、国内団体からの抵抗に遭う可能性は高い。

 トランプ大統領は、今年初め、オバマケアの撤廃に失敗している。NAFTAの再交渉が国内業者の頑強な抵抗に遭った場合、貿易赤字解消に向けた矛先が、より先鋭化して中国や日本などに向かってくることもあり得る。