アラブ4カ国、カタールに同胞団との断絶要求

 サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、バーレーンの4カ国は23日、5日に断交したカタールに、関係改善の条件として、イスラム組織ムスリム同胞団や同胞団を母体とするパレスチナの過激派組織ハマスなどとの完全断絶や、カタールが囲っているテロリストの引き渡しなど、13項目を10日以内に履行するよう求めた。4カ国がいかに、同胞団問題で、カタールの姿勢転換を熱望しているかを示している。(カイロ・鈴木眞吉)

過激派支援で対立表面化
貧困層中心に勢力のばす同胞団

 同胞団は1928年、「西洋からの独立」と「イスラム文化の復興」を掲げて、ハサン・バンナーによってエジプトで結成された。目的は、イスラム法(シャリア)を全土・各国・世界に適用させることによる「全世界イスラム化」で、貧者向け病院の経営や貧困家庭の支援などの社会慈善活動を展開、貧困層を中心に勢力を拡大してきた。

タミム氏

カタールのタミム首長=2016年9月、ニューヨーク(AFP=時事)

 40年代後半には同国最大のイスラム主義運動に成長、ヨルダンやパレスチナなどの周辺諸地域への進出を開始。欧米諸国でも難民や移民らを背後で組織化、イスラム人口の爆発的増大を画策、全世界イスラム化を着実に進めている。ロンドンにイスラム教徒の市長が誕生したのも、同胞団が背後にあるとされる。

 しかし、50年代にナセル・エジプト元大統領暗殺未遂事件を起こし、70年代に同団から分派した「イスラム団」がサダト元大統領を暗殺するなど、暴力体質を保持、ムバラク元大統領は「過激派を生み出す温床」として警戒した。

 同胞団の思想が、聖戦のためには暴力もいとわないイスラム聖戦士を生み出し、同胞団は、背後で過激派の活動を精神的・思想的・財政的に支援して「世界イスラム化」を推し進める、「イスラム過激派組織」と認識されている。同団の実態を知るエジプトは2013年に、サウジは14年にテロ組織に指定。14年3月には、サウジとUAE、バーレーンの3カ国が駐カタール大使を召還。カタールは、国内にいた同胞団メンバーを国外退去させることで、3カ国と和解した。

 アルジャジーラが、ムスリム同胞団寄りの報道をしたとして、エジプトなどはたびたび放映を禁止。エジプトが国外退去処分にした同胞団幹部の亡命を受け入れたのはカタールで、今回の断交措置は、歴史的に積み重なったカタールへの不満が爆発した形だ。

 ハサン・バンナー氏の演説集「我々の教宣」(『ムスリム同胞団の思想<上>-ハサン・バンナー論考集』に収録)には、「我々の民族を取り巻く状況を熟慮し、屈辱に耐え、また恥辱にまみれ、絶望に打ちのめされることは、我々が最も名誉と感じることである」(P2)、「ムスリムは自分自身と自らの血と財産を国家救済の実現のために捧げる…これこそがイスラームの光の栄誉ある導きであり、全ての土地にイスラームの旗を翻させるという忠誠心を担うことだと信じている」(P14~15)とある。アラーのために全てを捨てて完全献身する聖戦士を育てているのが同胞団で、過激派の温床たるゆえんだ。

 同胞団のこの姿勢はイスラム共同体社会を求めて王政打倒や国境撤廃を推進することから、中東アラブ諸国では煙たい存在。

 国際的には、時代錯誤的側面を多数有する(女性の人権軽視、残酷な刑法、「改宗は死」に見られる信教の自由への逆行など)イスラム法に固執し、同法の適用を地域や各国に迫る姿勢は、歴史的に勝ち取られてきた人間性の尊厳を根底から否定する問題を有している。