対日拉致交渉、米と核決着するまで蓋

金正恩体制を斬る 太永浩・元駐英北朝鮮公使に聞く (2)

 安倍晋三政権の外交課題で最優先に位置付けられてきた北朝鮮による日本人拉致問題の解決。被害者再調査などを約束した2014年5月のストックホルム合意で進展が期待されたが、その後、北朝鮮は誠意を見せず、いまだ生死の確認すらなされないまま行き詰まっている。金正恩朝鮮労働党委員長はこの問題にどう向き合うつもりなのか。太永浩元公使はこう述べる。

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 「金正恩氏は拉致問題をめぐる日本との交渉に確信を抱けずにいる。日本側の要求に応じても経済的見返りを得られるか否か分からないためだ」

 太氏は昨年の著書『太永浩の証言 3階書記室の暗号』で被害者5人とその家族の帰国につながった小泉純一郎首相訪朝とその後の内部動向に触れている。

 日本の植民地支配の賠償として少なくとも100億㌦(約1兆円)の経済協力資金が得られるという予想に「外務省の職員たちは色めきだった」。ところが、被害者の一人、横田めぐみさん=失踪当時(13)=の遺骨だとして日本に送られてきたものがDNA鑑定の結果、ニセ物だったことが判明したことで、その話は立ち消えに。「金正日総書記は『チョッパリ(日本人の蔑称)はやはり信じられぬ』と言って日本との関係正常化を諦めた」という。

 父親の前轍(ぜんてつ)は踏むまいと正恩氏が思っているかは分からない。ただ、「米本土射程の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成するまでは、日本が拉致問題で騒ぎ立てないよう適当に対話に応じながら朝日関係を管理するのが正恩氏の対日外交の柱」と太氏は見る。「米国から核問題、日本から拉致問題でそれぞれ圧力を受けている北朝鮮としては核問題が決着するまでは拉致問題に蓋をしておきたいはず」だという。

 また太氏は「拉致問題に限定すれば北朝鮮は日本に差し出すものがあまりないと思っている」と指摘する。戦前に朝鮮半島で死亡した日本人の遺骨の返還などにも議題を広げることで日本世論の拉致問題への関心を低下させ、双方でギブ・アンド・テークができるという考え方だ。

 そもそも北朝鮮は被害者を日本に帰せないだろうと太氏は言う。

 「被害者はみな工作機関に関わり、工作員たちはそこで彼らから日本語や日本文化を教えられた後、日本に潜入した。被害者たちを日本に帰せばいずれ北朝鮮の対日工作が暴露される」

 拉致被害者家族と被害者救出運動を行う「救う会」は先日、金正恩氏に全員の即時一括帰国を求めるメッセージを発表し、その中で「帰ってきた拉致被害者から秘密を聞き出すつもりはない」と述べた。その「秘密」とは太氏が指摘する「工作機関での活動を指している」(日本政府筋)ようだ。

 日本は北朝鮮にどうアプローチすればいいのか。太氏は「行動対行動が必要」とし、こう提案してきた。

 「拉致被害者返還に見返りを与えるのはテロ犯に捕らえられた人質の解放へ身代金を払うようなもの。日本政府が前面に出られないなら、全国から寄付金を募り非政府組織(NGO)でプールし、そこから返還の見返りを支給してはどうか」

 日本は圧力重視から対話模索へ舵(かじ)を切るのか。被害者も家族も最後の力を振り絞り、救出の時を待っている。

(ソウル・上田勇実)