米朝ハノイ会談、非核化せず核軍縮目指す
今月27、28日にベトナムのハノイで開催される2回目の米朝首脳会談を前に、韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩氏が世界日報の取材に応じた。太氏は、北朝鮮が非核化はおろか核保有を前提にした核軍縮交渉を目指していると指摘。拉致問題で日本の圧力を回避するその場しのぎの対日外交や、事件からちょうど2年が経過した金正男氏暗殺の知られざる背景など北朝鮮情勢をめぐり忌憚(きたん)なく語った。(ソウル・上田勇実)
一部廃棄で見返り要求か
北朝鮮民主化を促すソウル市内のある非政府組織(NGO)事務所。約束の時間に太氏は、ボディーガード数人と共に姿を現した。韓国に亡命した北朝鮮外交官の中では最高位で、金正恩朝鮮労働党委員長に批判的な内容を発信し続ける。脱北から2年半が過ぎたが、脱北者に紛れ込んで入国した北工作員や親北朝鮮の韓国過激派にいつ襲撃されるか分からない。微妙な緊張感が漂う中、インタビューは始まった。

テ・ヨンホ 1962年北朝鮮の平壌生まれ。76年中国に留学。84年平壌国際関係大学卒。駐デンマーク大使館3等書記官、駐スウェーデン大使館2等書記官、外務省欧州局副局長などを経て13年駐英北朝鮮公使。16年夏、韓国に亡命。17年韓国の国家安保戦略研究院の諮問研究委員。昨年『太永浩の証言 3階書記室の暗号』を出版。
「ハノイ会談では北朝鮮の非核化を見通せるロードマップ(工程表)は出てこない。北朝鮮が密(ひそ)かに目指すのは非核化ではなく核軍縮だからだ」
太氏は今回の米朝再会談についてこう断じた。トランプ米大統領は合意発表に固執するとみられるが、その合意は「北朝鮮が築き上げてきた核関連総資産の一部廃棄と米国がその見返りに北朝鮮に差し出す相応の措置によるスモール・ディールでしかない」という。
いったい何発の核弾頭を確保していれば、一部廃棄しても「核保有国」の地位は揺るがないという自信を抱けるのか。太氏は「全体像を把握しているのは金正恩氏だけ」と指摘するが、すでに相当の数に達するとの見方が有力だ。
元韓国情報機関幹部によると、北朝鮮はソ連崩壊後の1990年代初めにウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンなど旧ソ連衛星国から核弾頭を密輸し、韓国は金大中政権時にそれを把握したが、対北抱擁政策で看過した。続けて同政策を継承した盧武鉉政権下で北朝鮮は初の核実験にこぎつけ、その後も開発の手を緩めなかった。そして現在、盧大統領の最側近だった文在寅大統領は「北朝鮮の非核化意志を信じよう」と国際社会に呼び掛けるが、北朝鮮はついに核軍縮交渉の入り口まで来ている。
太氏は核戦略が金正恩氏の国内偶像化にも一役買っていると指摘する。「核・ミサイルを製造する党軍需工業部と対外的にどのように核保有国になるかを考える外務省は互いの情報を遮断されたままだが、唯一、双方の進捗(しんちょく)状況を把握できる正恩氏が米国や韓国の政治日程をもとに核開発を急がせるなど最も効果的な核戦略を打ち出し、周囲を感嘆させて自らを神格化している」という。
会場が中部の保養地ダナンではなく首都ハノイになったことについて太氏は「北朝鮮大使館があるからということ以上に格式や儀典を重視し、ベトナム指導者との会談もできる首都での開催に意義を見いだしたのだろう」と語る。
ベトナムはドイモイ(刷新の意)と呼ばれる改革・開放路線を敷き、共産主義国でありながら市場経済要素を取り入れて経済発展を遂げた。今回の会談でトランプ氏は、ベトナム戦争の荒廃から立ち上がった変貌ぶりを金正恩氏に見せ、自国経済再建の糸口を見いだす手助けをしたとアピールする狙いもあると言われる。
しかし、太氏は「正恩氏は金正日死去後の1年間、経済立て直しを検討させたが、ドイモイ式の導入は12年に却下された」と明かす。当時、外務省が報告した再建案にドイモイ型改革・開放があったが、ベトナム政府が改革に当たり国民に保証した私有財産権、企業の私有化、対外貿易の自由、情報接近の自由などはいずれも「北朝鮮にとって権力基盤を管理する上で必ず障害になるので、体制を維持するには無理な話」という結論だったという。
さらに太氏は続けた。
「ベトナムは先に武力で国を統一し、ドイモイ導入時は体制に脅威となる勢力がなかった。共産主義国が改革・開放をする時、試行錯誤で社会的混乱を招くことはあっても脅威となる勢力がいたらできない。北朝鮮はすぐ南に自由民主主義の韓国があり、改革・開放に舵(かじ)を切れないのだ」