「日本配慮」に実利確保の思惑
「よくぞ言ってくれた。その線でやっていこうと思う」
南北首脳会談を目前にした先月17日、青瓦台(大統領府)で文在寅大統領を中心に開かれた首脳会談諮問委員会で、ある委員が対日政策に関する提案をすると、同席していた政府高官は委員会終了後にこう話し掛けてきた。
提案は概(おおむ)ね次のような趣旨だったという。
「南北関係が進展し日本が疎外感を抱きやすい状況で、韓国政府は日本に南北首脳会談を妨害されることだけは避けたいと思っているだろう。だから、できるだけ日本も一緒に参加しているというムードづくりが大事。日本に逐次情報を提供すべきだ」
文在寅大統領は首脳会談の翌日、安倍晋三首相と約45分間にわたり電話協議。その後、北朝鮮による日本人拉致問題や日朝関係に対する安倍首相の考えを金正恩朝鮮労働党委員長に伝えたことを明らかにした。それに金委員長がどう反応したかは分かっていないが、文大統領によれば金委員長は「いつでも日本と対話する用意がある」と述べたという。
韓国政府にとって「日本配慮」は首脳会談成功のためだったようだ。先月の日米首脳会談では北朝鮮に「完全かつ検証可能で不可逆的」な非核化を求めていくことで一致したばかり。日本の促すままに米国が対北強硬姿勢を固めれば、米朝首脳会談への橋渡しとなる南北首脳会談の成功はおぼつかない。そうなる前に日本にも日朝対話への期待を高めてもらい、朝鮮半島の対話ムードが壊されないよう先手を打つ。そんな思惑があったのではないか。
「日本配慮」は韓国が譲歩し難い歴史認識絡みの問題でも如実だった。1日、在釜山日本総領事館の後門に沿う歩道にあるいわゆる従軍慰安婦を象徴する像の横に、過激デモで有名な全国民主労働組合総連盟(民主労総)が中心となった市民団体のメンバーらが無許可で徴用工像の設置を強行しようとした。
徴用工像は日本統治下の朝鮮半島出身者を追悼するものだが、総領事館前の設置は外国公館の安寧や威厳を損ねる行為を禁じた国際条約に違反する。結局、警察の機動隊によって阻止され、予定の場所から少し離れた所に置かざるを得なくなった。青瓦台(大統領府)が「歴史をめぐり日本の神経を逆なでしている時ではないと判断し制止に動いた」(韓国大手シンクタンク幹部)ためだ。
しかし、「日本配慮」の真相はどうもそれだけではなさそうだ。日韓関係筋は韓国の「日本配慮」の内幕をこう明かす。
「南北首脳会談で同席したことからも分かるように徐勲国家情報院長こそ北朝鮮通であり、南北問題では文大統領の右腕だ。その徐院長がなぜ日本に何度も派遣され、生の情報を提供するのか。南北統一後の北朝鮮経済再建に日本の戦後補償や投資が必ず必要になる時が来ると確信しているからだ」
急変する半島情勢に日本も何らかの形でコミットせざるを得ないのは確かだが、そこには実利を確保しようという南北の思惑が絡んでくる。北朝鮮ペースに巻き込まれない慎重さが求められよう。
(ソウル・上田勇実)






