金正恩体制の脆弱さを露呈

宮塚 利雄宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

予測通りの「新年の辞」
核・ミサイル開発の継続確認

 北朝鮮問題の研究・解説を生業(なりわい)としている者にとって、毎年1月1日に発表される金正恩委員長の「新年の辞」は必読文献であり資料でもある。「新年の辞」は1月30日にトランプ米大統領が演説した「一般教書演説」と同じく、年頭に過去1年間の内政や外交の回顧と今後の展望を演説するものである。アメリカの場合、三権分立が厳格に規定されており、行政の長である大統領に法案提出権はないために、大統領は一般教書演説で自らの政策を議会に示すことになり、上下両院合同会議で演説する。金正恩委員長も約9000字になる長文の「新年の辞」を演説した。

 今年の「新年の辞」の内容は既に予測されていたものであった。というのも、北朝鮮は昨年11月29日に「米全域を攻撃できるICBМ“火星15号”の発射実験に成功した」「大陸間弾道ミサイルの発射実験の最後の段階」と発表していた。この発表に北朝鮮問題の研究者ばかりでなくマスコミも驚愕(きょうがく)したが、一部の科学者の間からは「北朝鮮は弾道弾の起爆や大気圏再突入などの技術を開発・成功させてはいない」と冷ややかに見られていた。今年の「新年の辞」ではこの発表をさらに一歩進んで強調したものになった(もちろん、この間にさらなる技術開発が行われたとも考えられるが)。

 金正恩委員長は祖父の金日成をまねたかのように、どすの利いた口調で「昨年、国家核戦略の完成という歴史的な大業を成し遂げた。米本土全域がわれわれの核兵器の射程内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれている。これは決して威嚇ではなく現実だということを理解すべきだ」と、あたかも「ワシントンを火の海にする」核ミサイルと核弾頭の開発が成功したかのように発言。さらに「既に威力と実効性が確固として保証された核弾頭と弾道ミサイルを大量生産して実戦配備する事業に拍車を掛けていくべきだ」と指示した、と語った。

 この発言を例によって、またぞろ「北朝鮮の弱者の恫喝(どうかつ)」と一蹴することもできるが、トランプ大統領は一般教書演説で、北朝鮮の核・ミサイル開発について「すぐにも米本土の脅威になり得る」と指摘したことからも分かるように、あながち金正恩演説を否定的にみることはできない。

 これを裏付けるかのように、セルバ米統合参謀本部副議長が1月30日に、「米国が北朝鮮によるミサイル発射の兆候を事前に察知できるのは“運がよくて発射の十数分前である”(以前ならば最大1時間前には察知できた)」と指摘している。いずれにせよ、大気圏再突入技術の開発・完成のために北朝鮮のミサイルが日本海沿岸、または太平洋まで飛び越えていく事態がこれからも生じることは確かである。

 金正恩政権は体制護持のために、アメリカを平和協定締結交渉のテーブルに着かせる必要がある。そのために、多くの人民に塗炭の苦しみを強いてでも、「ワシントンを火の海にする核とミサイルの開発・成功させなければならない」のである。金正恩政権の脆弱(ぜいじゃく)さを物語る証左でもある。

 「新年の辞」のもう一つの柱は「平昌オリンピックに北朝鮮の代表団を送る」と述べたことである。

 朝鮮半島に二つの政権が樹立して今年で70年。韓国も北朝鮮もこの間、「南北統一 北南統一」を言い続けてきたが、あくまでも両国の政権担当者の都合のいい「おうむ返し」にすぎなかった。北朝鮮はそれでなくても、1988年に韓国で開催された「ソウルオリンピック」の開催を妨害・阻止するために、前年度に「大韓航空機爆破事件」を起こし、全世界からの批判と顰蹙(ひんしゅく)を買った。

 ソウルオリンピックが成功裏に終わったことを苦い教訓とした北朝鮮は、以後、韓国で開催される国際的なスポーツ大会を妨害するのではなく、美女軍団などを共に参加させてあくまでも融和的な、平和的な姿勢を見せるようになった。今回の平昌オリンピックは「平壌オリンピック」と揶揄(やゆ)されるほどに、北朝鮮は韓国側にオリンピックを成功させるためと称して恩着せがましい策謀に出た。

 南北統一を象徴するかのように、アイスホッケー女子の南北合同チームを無理強いに結成させ、オリンピックに合わせて韓国に芸術団や応援団を派遣すると発表。三池淵管弦楽団が演奏する会場を芸術団の玄松月団長(女性)が視察すると、韓国の世論はあたかも「平和の天使」のごとく迎え、歓迎した。

 北朝鮮は韓国の文在寅政権がアイスホッケーの合同チームを「平和五輪」の象徴と見なすなど、平身低頭で顔色をうかがっていることを見透かして、オリンピック開幕前日の2月8日を「朝鮮人民軍創建記念日」として、「大規模な閲兵式を準備しており、保有するほぼ全ての兵器を動員する、相当威嚇的になる可能性が高い」軍事パレードを行うことを付け加えた。

 さすがに、韓国紙も「五輪が北朝鮮に拉致される」と文政権を批判したが、風前の灯(ともしび)のような文政権は「オリンピックを成功裏に開催するために」は北朝鮮の言うなりになるほかに方途はないようだ。

(みやつか・としお)