金正恩氏に「遺訓」の呪縛、あり得ぬミサイル・核放棄
大相撲夏場所は横綱白鵬の38回目の全勝優勝で終わった。アメリカを横綱に例えると、北朝鮮はさしずめ十両格になるだろう。この幕内でもない北朝鮮が横綱のアメリカを相手に堂々と「横綱相撲」を取っているかのように世間では見られているが(これに脅威を煽(あお)るマスコミの喧伝(けんでん)が輪をかけているが)実態はどうであろうか。確かにアメリカが世界最強・最新鋭といわれる原子力空母カール・ビンソンを日本海側に派遣した時は、世界はこれで北朝鮮もしばらくは沈黙するのではないかと早計したが、すかさず「鉄くずの塊で、わが方は一撃の下に撃沈してやる」と、いつもの「弱者の恫喝(どうかつ)」で反撃した。
5月29日には今年12発目となる弾道ミサイルを3週続けて発射したが、折しも、イタリアで開かれた先進7カ国(G7)首脳会議で27日、各国首脳が北朝鮮を「新たな段階の脅威になった」とし、核・ミサイル開発の完全な放棄を要求、圧力強化で一致したばかりであった。しかも、今回の弾道ミサイルは日本海の排他的経済水域(EEZ)内に落下したとみられ、命中精度を誇示し、いつでも在日米軍基地を攻撃できると威嚇する意図もあり、何よりも安倍晋三首相がG7で北朝鮮に圧力を加えるべきだと述べたことに対する報復的対応でもあった。
北朝鮮いわく、日本が北朝鮮に「敵対的行動」に出るなら日本国内の米軍基地以外にも攻撃の標的を拡大することもあり得ると警告したものであるが、EEZ内に落下した北朝鮮のミサイルが4発目であることを考えると、これは単なる恫喝ではなく、これまでの度重なるミサイル発射実験によって裏打ちされた「命中精度」の高度化を誇示したものである。
暴走とも言える北朝鮮のミサイル発射実験はとどまる気配がないばかりか、ミサイル技術と脅威が高まっていることだけは事実である。それに加えてミサイル発射実験に金正恩が立ち合い、満面喜悦の表情で科学者たちと実験成功を喜ぶ姿が新聞やテレビで報じられている。人民に自らの偉大さをピーアールするのが目的であろうが、これに対してフィリピンのドゥテルテ大統領はトランプ大統領との会談で、「笑いながらロケットを発射し続けている。“狂った男だ”」と評したという。同じくサイバーセキュリティーの専門家で、米国安全保障局(NSA)の元首席監察官であったジョエル・ブルンナーも「金正恩朝鮮労働党委員長は注目を集めたいのだ。破壊的、幼児的で狂っている。戦略がない、三歳児と同じで、注目を浴びたいのだ」(産経新聞26日付)と指摘した。
金正恩を妄想型性格の「パラノイド」的傾向にあると指摘する医療関係者もいる。「パラノイド」とは「非常に猜疑心(さいぎしん)が強く、客観性のない思い込みに陥りやすい、恐怖心が強いのと同時に攻撃性も強いというような性格傾向」のことであるが、今の金正恩はこのパラノイド傾向が悪化している可能性が強いように思われるという(夕刊フジ24日付)。この指摘は今後の金正恩のミサイル・核開発を知る上で注目に値するのではないか。
金正恩が核開発・ミサイル発射実験をやめない、やめられない理由はただ一つ、金日成・金正日の遺訓とも言うべき呪詛(じゅそ)「核を持つ国は滅びない。アメリカ・ワシントンまで届く核を搭載したミサイルを開発せよ。それだけが朝鮮が生き延びる方途だ。金王朝の未来永劫(えいごう)にわたる繁栄のためには、何が何でも核を持て」を受け継いでいるからである。
この「核無き国は滅びる」の遺訓は父の金正日にも受け継がれ、金正日はアメリカによる「核無き国の指導者の哀れな末路」を知っているので、本格的な核実験とミサイル発射に着手した。金日成・金正日時代の1984年~2011年12月まで31発のミサイルが発射されたが、金正恩体制に入ってからはわずか5年余りで70回を超えている。金正恩は遺訓実現のために、これからも核開発・ミサイル発射実験はやめないし、アメリカ本土・ワシントンに届く核を搭載したミサイルの完成を実現するまでは、国際社会からのいかなる非難をものともせず、地下に、空中に巨万の資金を散財していくであろう。
金正恩の核開発・ミサイル発射の一連の行動を捉えて国内的には「国威発揚と人民の金正恩に対する神格化・畏怖心の造成で、体制の護持を図るのが目的」と唱える人もいるが、果たしてそうであろうか。北朝鮮の多くの人民は金正恩政権の恐怖統治にやむを得ず従僕しているだけで、金正恩に畏敬の念を抱く人は少ないし、肝心の労働党や政府・軍の忠誠階級も「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる」の喩(たと)えではないが、度重なる幹部連中の粛清にあすはわが身かと震えており、金正恩に見せ掛けの忠誠心を示しているだけである。金正恩を金日成・金正日からの遺訓の呪縛(じゅばく)から解放させる解決策は、金正恩から恐怖心を拭い去ることであるが、それには中国からの石油の全面輸出禁止か、ミサイル・核開発資金を完全に枯渇させるという、最後にして最大の効果がある方途を駆使するほかはない。
(みやつか・としお)











