韓国で政争の具と化すTHAAD

文政権、装備搬入に難癖

 北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備え韓国に配備された最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」をめぐり文在寅大統領が装備搬入手続きを問題視し波紋が広がっている。防衛上、不可欠なはずの迎撃ミサイルをまるで前政権の「負の遺産」のように扱う姿に米国側は不快感を隠せないでいる。
(ソウル・上田勇実)

対北防衛より前政権叩きに熱
「要らぬなら撤収」米が不快感

 文大統領が問題視したのは今年4月、THAADの発射台4基が非公開で国内に搬入され、国防省がそれを新政権に報告しなかったとされること。これを知ってショックを受けたという文大統領は直ちに青瓦台(大統領府)に真相究明を指示し、韓民求・国防相や金寛鎮・前青瓦台安保室長が聞き取り調査を受ける事態となった。

高高度防衛ミサイル(THAAD)

韓国のゴルフ場に配備された最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の発射台=5月19日、南部・星州(EPA=時事)

 メディアもケーブルテレビ系を中心にニュース番組でトップニュース扱いで報じた。大問題だと言わんばかりに興奮気味に話すコメンテーターたちを見れば、多くの視聴者は前政権の安保ラインが重大な過失でも犯したと錯覚に陥るのではないか、と思えてくる。

 韓国防相の場合、このほどシンガポールで開催されたアジア安全保障会議出席に向けた出国さえ一時危ぶまれる雰囲気もあった。この会議は日米韓3カ国が北朝鮮を「喫緊の脅威」とすることで認識を一致させた極めて重要な場だった。

 文大統領は当選前、THAAD配備に難色を示していただけに駆け込み的に装備が搬入された印象は拭えない。ただ、それにしても「聞いていない」というだけの理由でここまで大騒ぎすることに違和感を抱く識者も少なくない。

 李明博元政権で青瓦台の安保政策を任された金泰孝・成均館大学教授は大手紙コラムで「在韓米軍と韓国中部以南の地域を北朝鮮の弾道ミサイル攻撃から守ろうというTHAAD本来の趣旨に韓国の大統領が無関心であるという印象を対外的に示す結果となった」と指摘している。

 そもそもTHAAD配備は在韓米軍とその家族を守るのが第一の目的であり、その「恩恵」にあずかるのが韓国の立場だ。THAAD1砲隊は発射台6基で構成されるため、すでに2基が搬入されていた状態での発射台4基の追加搬入は時間の問題だった。当然、保安上の問題から秘密裏に搬入が進められる。

 ところが文大統領は追加搬入の経緯を詳細に明らかにするよう求めている。このため保守系の最大野党・自由韓国党は「軍統帥権者である文大統領が戦略資産であるTHAADの配備を最高レベルの保安の中で扱わず、他人事のように調査を指示したことには驚かされる」(鄭宇沢・院内代表)と反発している。

 結局、文大統領には朴槿恵政権色を徹底的に否定することで自らの政権基盤をさらに固める政治的思惑があるとみる以外になく、対北防衛より前政権叩きに熱を上げているとみられても仕方がない。

 さらに問題なのは米韓同盟強化の側面もあるTHAAD配備に難癖を付け過ぎると米韓同盟そのものがぎくしゃくする恐れがある点だ。

 先日訪韓した米上院議員で民主党院内幹事のディック・ダービン氏は文大統領との面談で「韓国がTHAADを望まないなら米国は9億2300万ドル(THAADの配備・運用費)を他のところに使うことができる」と語ったという。「要らないなら撤収する」という意味だ。

 今のところマティス米国務長官はTHAAD配備をめぐる文政権の措置を「理解し信頼する」とし、関係悪化は表面化していない。だが、「すでにトランプ政権は文政権に対し厳しい評価を下した状態」(韓国紙の外交安保担当記者)とする声も聞かれる。

 青瓦台は今月末の米韓首脳会談を意識してか、急きょ国防省実務者の引責辞任で事態収拾を図ろうとしているが、米国の不信感を払拭(ふっしょく)できるか不透明だ。