予測不能の金政権の脅威
緊迫化する東アジア~日本の安全保障は万全か
公益社団法人隊友会北海道隊友会連合会会長 酒巻尚生氏
北朝鮮の核・ミサイル開発が止まらない。同国の相次ぐミサイル発射に日本、米国、韓国はいら立ちを隠せない。北海道世日クラブ(根本和雄会長)は5月6日、公益社団法人隊友会北海道隊友会連合会の酒巻尚生会長を招き、「緊迫化する東アジア~日本の安全保障は万全か」をテーマに講演会を行った。講演内容は以下の通り。
国民の安保意識向上を
核・ミサイル開発進める北朝鮮
北朝鮮は今年に入って核実験の準備とミサイルの発射実験を繰り返しており、北朝鮮人民軍創設記念日の4月25日が一つの山場であるといわれていた。その日に合わせて北朝鮮が弾道ミサイルを発射するのではないかとマスコミも連日にわたって報道し、北朝鮮危機で国民を煽(あお)った。

さかまき・たかお 防衛大学卒業後、陸上自衛隊入隊。英国留学後に外務省出向として、在米防衛駐在官として日本大使館勤務。陸上自衛隊第9師団長、合幕僚会議事務局長、陸上自衛隊北部方面総監を経て2001年退職。74歳。
ただ、この日、私は仕事で東京にいたが、街中を歩く限り国民が北朝鮮のミサイルに対して警戒心を抱いているという様子は微塵(みじん)も感じられなかった。政府は一昨年9月に安保関連法を制定し、国内の安保体制は整備されつつあるものの、それはあくまでも政治レベルでの話であって安全保障への認識が国民一般のレベルにまで下りてきていないということなのだろう。
北朝鮮という国に焦点を当ててみたい。まず、北朝鮮という国のイメージをいくつか挙げてみると、拉致、世襲制、粛清、ニセ札、麻薬、先軍政治、テロ・ゲリラという言葉が浮かび上がる。これだけ見ても、「何を考えているのか分からない国」ということになる。
その予測不能の国が核、生物兵器、化学兵器などの大量破壊兵器を保有し、弾道ミサイルを持ち、さらに特殊部隊まで備えている。この中で最も大きな脅威としてわれわれが考えなければならないのは特殊部隊だと考える。
約20万人に上るといわれているこの部隊は敵対国でのテロやゲリラなどを起こすために日夜特殊な訓練を受けている。日本の陸海空自衛隊員の数は現在約23万人だが、それにほぼ匹敵する規模となっていることを注目すべきだろう。
北朝鮮はなぜ、核兵器を持とうとするのか。昨年、北朝鮮で金正日・正恩親子の会話内容がリアルに記載されている『野戦列車』という書籍が出版された。金正日の正恩に対する遺言ともいわれている。
中身を見ると「国家の為政者は核兵器を朝鮮民族の財産、先軍挑戦の宝剣としてしっかりとらえておかなければならない。外交戦の勝負は国力と軍事力だ。拳が強ければ大声で言葉の戦争などしなくても済むのだ」「歴史的には核国家と核国家が直接向き合ったことはない」「必ず、アメリカの野望をくじいてみせる」ことなどが如実に書き表されている。
この本は極めて実録に近いもので、ここから核・ミサイル開発を一貫して続けている北朝鮮の思惑を見ることができる。すなわち、この書籍にもあるように、これまで核保有国対非核保有国の戦争はあったが、歴史上、核保有国対核保有国の戦いはなかった。それは核保有国同士の戦いでは双方に膨大な被害が出るため、核兵器により戦争が抑止されるからだ。金正恩は体制を維持するためには核保有は絶対条件となると考えている。
現在の北朝鮮の軍事力を見ると、大量破壊兵器、特殊部隊、戦車3500両を有する陸上戦力、長距離弾道ミサイルなどがあり、さらにこれらを防御するための強固な地下要塞がある。一方、北朝鮮の弱点を挙げると、次の点が挙げられる。一つには過度に偏重した軍事予算。GDP(国内総生産)の4分の1を軍事費に充てているため国民生活は疲弊し切っている。万一全面戦争になった場合、国民が国家に忠誠を尽くす以前に内戦が起こり、内部崩壊が始まる可能性が大きい。
第二に核・ミサイル開発を最優先に進めているため、空軍、海軍などの通常兵力の近代化は進まず、ある意味で現代の戦争では大きな戦力とはなり得ないかもしれない。さらに中国に対する過度の経済的依存がある。
中国への石炭輸出、また同国からの石油輸入が完全にストップすれば北朝鮮経済は一気に失速するとともに継戦能力が著しく低下する。中国としては北朝鮮の現体制の崩壊は自国の国益にとってマイナスともなることから、これまで全面的な封鎖には至っていないが、いずれにしても中国の制裁の成否は北朝鮮にとっては致命的な弱点といえる。
さて、日本は今年4月、今にも北朝鮮のミサイルが日本に飛び込んで来るかのような大騒ぎであった。米国も相当の軍事的圧力を加えた。こうした状況の中でわれわれが最も注意しなければならないのは、偶発的な衝突が全面戦争に結び付くという事態であろう。米国はこれまで直接的な軍事行動には踏み切れなかった。
その理由の一つには10万人ともいわれる在韓・日米軍の家族あるいは民間米国人の生命を守ることが米国(米軍)にとって至上命題であるということがある。米国は常に戦争に入る前に国務省がNEO(非戦闘員退避作戦)を発動して在韓・日米軍の家族や民間米国人を避難させるのだが、今回は発動しなかった。
今後、米国が本気で軍事行動に入るかどうかを見極める一つの方策としてNEOが発動されたか否か、そしてまた、宣戦布告権限を有する米国議会の行動を見守る必要があると考える。
北朝鮮問題でもう一つ懸念する材料がある。それは米国の中国に対する過度の期待だ。米国は中国に対して北朝鮮に圧力を加えるように強く働き掛けているが、仮に中国が米国の要求に応えて北朝鮮を封じ込めることができれば、翻って日本の安全保障に思わぬ影響が出る可能性も考えられる。
つまり、中国にしてみれば、米国に大きな貸しをつくったことにもなり、何らかの見返りを要求することが十分に考えられるからである。北朝鮮を封じる代わりに南シナ海での軍事基地化や尖閣諸島に対して米国に干渉させないように裏取引する。これこそわが国にとっての悪夢ともいえるのではなかろうか。これからの中国の動きを常に疑問視して見ないといけない。





