金正男氏殺害、北の国家犯罪を闇に葬るな


 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄で、マレーシアで殺害された金正男氏の遺体が北朝鮮に引き渡された。その引き換えに北朝鮮で「人質」となっていたマレーシア人が帰国し、捜査対象だった在マレーシア北朝鮮大使館員らも本国に戻った。これで北朝鮮による「国家ぐるみの犯罪」は闇に葬られる可能性が出てきた。何とも不可解な「幕引き」だ。

 起訴したのは実行犯のみ

 マレーシアの捜査当局は「犯人を司法の場に引き出すために、事件の捜査は続けていく」とするが、起訴したのは実行犯のベトナム人とインドネシア人の女2人だけだ。指名手配した北朝鮮国籍の男4人や逮捕されて後に釈放された男、北朝鮮大使館の2等書記官、高麗航空職員らの主犯格はいずれも帰国しており、事件解明に手間取りそうだ。

 だがマレーシア当局は追及の手を緩めず、卑劣な殺害事件の真相を明らかにすべきだ。世界中の人々が行き交う国際空港で起きたテロ事件の解明は、国際社会への責務だと言ってよい。

 これまでの捜査から北朝鮮の国家犯罪であるのは明白だ。それは①実行グループ(女2人)②支援グループ(国外逃亡した北朝鮮国籍の男4人)③後方支援グループ(逮捕されたが釈放された北朝鮮国籍の男ら)――による組織立ったテロ活動であったことからも分かる。北朝鮮諜報(ちょうほう)機関の典型的なやり口だ。

 わが国にとっても無縁の話ではない。横田めぐみさんが拉致されて今年で40年が経(た)つが、いまだに工作員グループの一人も逮捕されていない。わが国は北朝鮮の海外最大の工作拠点とされ、これまで世界を震撼(しんかん)させた北朝鮮の国際テロ事件ではいずれも利用された。

 1974年8月の韓国の朴正熙大統領夫妻銃撃事件(陸英修夫人死亡)では、実行犯の在日韓国人が北朝鮮工作員の指導を受け、実在の日本人のパスポートで渡韓した。全斗煥大統領爆殺を狙ったラングーン事件(83年10月)では、朝鮮総連の有力者に工作員らが使う特殊工作船を調達させた。

 また大韓航空機爆破事件(87年11月)では、金賢姫元死刑囚が「蜂谷真由美」を名乗った。男の工作員が成り済ました「蜂谷真一」は実在の日本人で、北朝鮮工作員からパスポート取得を勧められ、それが偽造されて使われた。

 正男氏殺害事件で、実行犯の女らは「日本のテレビ局に雇われ、マレーシアでいたずら番組を制作している」と話している。北朝鮮の用意周到な工作手法を見れば、口先だけで「日本のテレビ局」を名乗っていたとは考えにくい。偽装が暴かれないように日本国内に「テレビ・プロダクション」を設けていた可能性を否定できない。

 工作機関の跋扈許すな

 日本で北朝鮮の工作機関が跋扈(ばっこ)していないか、徹底的に調査する必要がある。それには本格的な情報機関が不可欠だ。工作活動を封じるスパイ防止法制定も焦眉の急だ。テロ等準備罪の創設は論をまたない。拉致や国際テロを二度と許さず、国民の生命を守る。このことに政治の不作為があってはならない。