朝鮮労働党70年への忠誠金

宮塚 利雄宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

面子潰した中国に対抗

「給料止まった」国外労働者

 この頃はあまり目立たなくなった北朝鮮の金正恩政権であるが、10月10日は「朝鮮労働党創建日」にあたり、金日成の誕生日である4月15日の「太陽節」とともに内外に北朝鮮を知らしめる一大イベントが行われる。特に今年は1945年10月10日に金日成が朝鮮労働党を創建してから70周年にあたるということで、金正恩は政権基盤の立て直しの起死回生策として、また、自らの存在感を知らしめるよき機会として、年初からこの日に焦点を合わせて統治を行ってきた。

 金正恩は2015年1月1日の「新年の辞」で、「労働党創建70周年」を強調し、「労働新聞」(1月5日号)は、1面トップの社説「10月の大祝典場に向かって総攻撃、前へ」で、10月10日の「大祝典場」に向かって全人民、全軍が金正恩の指導の下で総攻撃をすべきであると訴えた。つまり、金正恩体制を固めるうえで、労働党への忠誠心と金一族の偉大性を強調する狙いがあり、「党創建70年は、金正恩同志を団結の中心、指導の中心に高く掲げた党の姿と戦闘的威力を満天下に誇示する歴史的契機となる」と訴えた。

 要するに、今までの「党創建日」の行事よりも大々的に行い、内部に対しては中国よりも大きなパレードを行うように指示している。北朝鮮は9月3日に行われた中国の「抗日戦争勝利70周年記念軍事パレード」に金正恩が招待されず、ひな壇の習近平国家主席の隣にはロシアのプーチン大統領と韓国の朴槿恵大統領が並び、出席した崔竜海は最前列の端にようやく安座するという有り様であった(崔は中国の高官との会談もなく、その日のうちに平壌に帰ったと伝えられている)。

 中国の軍事パレードには中国軍1万2000人が動員され、世界にも同時中継され、しかも、30カ国余りの国家元首や国際機構の代表が参加したが、「中国より大きなパレード」にするには、これ以上の元首や国際機構の代表などを招待しなければならない。北朝鮮は、年初から外交ルートを通じて招致活動を行ってきたようだが、友好関係にある国に限られている。出席が予想されるのはネパール、ベトナム、インドネシア、キューバなど7カ国だが、これらの国々からも参加を見送る要人が相次いだと報道されている。これに海外の親北団体がどれほど参加するのかであるが、朝鮮総連の許議長は出席しないようだ。

 海外から元首クラスや高官を招待するには莫大な費用を要する。その費用はどのようにして捻出するのか。北朝鮮と友好関係にある国に派遣された北朝鮮政府の高官や駐在大使などは、招致ができなければ責任を取らされ、本国への召還などの措置は免れないともいう。そのためには外貨獲得が先決条件であるが、その重責の一端を負わされているのが、海外に派遣されている北朝鮮人労働者たちである。

 筆者もこれまで中国やモンゴルなどで働いている北朝鮮派遣労働者の実態を調べてきたが、「今年の春頃から労働者への給料の支払いが止まった」という話を現地にいる定点観測者が伝えてきた。事実ならば10日のイベントに使われるために、「給料支払い中止」の措置が取られたに違いない。国外に派遣された労働者は給料から「党への忠誠金」という形で法外な金額をピンハネされているが、支払い中止は聞いたことがない。労働者がもしこのような措置に抗議をすれば、「党や国家に対する忠誠心が欠如している」反革命分子と決め付けられ、監督者から本国に召還され、しかるべき処分を受けることになる、との警告を受けることになる。監督者も本国に労働者からどれだけの「忠誠のお金」を集めたのかを知らせなければならず、徴収した金額が少ないと監督者自身が本国に召還されることになる。

 国外に派遣されている北朝鮮労働者の数は40カ国以上で10万人近くに達するとも言われているが、アフリカのモザンビークに派遣されていた北朝鮮の医療関係者が、不正行為の疑いで追放された。その理由は支給される給与以外の所得を得るために、不法な医療を行って法外な医療費を請求したり、患者に「急行料」を請求して非難されていたという。

 「急行料」とは、治療を待つ時に後から来た患者が、先に待っていた人よりも早く治療を行ってもらうために、賄賂として幾ばくかの金銭を渡すもので、筆者も40年以上も前に韓国に留学した時にこの「急行料」を学んだことがある。アフリカに派遣されている北朝鮮の医療陣は1500人くらいと言われているが、彼らが不正な行為を働くのは「給料から忠誠金を多額に控除(ピンハネ)」されるので、やむを得ず不正行為を働いてしまうようだ。

 一方、労働党創建70周年記念日に、全住民に月給相当のボーナスが支給されるとも伝えられているが、これも今までになかったことである。給料(北朝鮮では生活費と言う)1カ月分というとたいそうな金額であり、これも記念日に合わせて金正恩から人民への「温情」の施しのように見せかけ、つまりは金正恩のイメージを良くしようという意図がうかがえる。(敬称略)

(みやつか・としお)