金正恩体制いまだ不安定 孫光柱・元デイリーNK編集長に聞く
最高指導者・金正恩第1書記による統治が表向きには安定したかに見える北朝鮮。だが、エリートたちを中心とする組織・人を完全に掌握したかは定かでなく、一般住民の忠誠度も弱いなど、権力基盤は盤石とは言えない。北朝鮮体制の特性に詳しい孫光柱・元デイリーNK編集長に金第1書記体制が抱える問題点や今後予想される出方を聞いた。(聞き手=ソウル・上田勇実)
韓国テコに孤立脱却狙う

ソン・グァンジュ 1957年韓国大邱生まれ。高麗大学卒。東亜日報記者を経て国際問題調査研究所(現、国家安保戦略研究所)理念研究センター長などを歴任。97年韓国に亡命した黄長”・朝鮮労働党書記の研究秘書を約11年務める。著書に『金正日レポート』ほか。
――金第1書記は昨年末、ナンバー2だった義理の叔父の張成沢・党行政部長を処刑した後、恐怖政治で内部を引き締めてきたとみられるが、権力固めはどの程度進んだとみるか。
北朝鮮は金日成主席、金正日総書記の時代から続く首領独裁体制が統治の根幹。その首領が労働党や人民軍などの核心的な組織を掌握するという面で、金第1書記はまだ祖父や父に比べ弱い。首領独裁体制というシステムの上に「浮いている」不安定な状態だ。
張氏処刑は、このシステムで最も強大な権力を持つ党の組織指導部内部の権力争い、利権争いが背景にあったが、このような葛藤を抑えるだけの力が金第1書記にまだ備わっていないのが弱点だろう。体制の耐久力を比べるなら金日成時代を百点満点で90点とするなら金正日時代は40点、現在の金第1書記は20点というところではないだろうか。
――金第1書記の動静が40日間途絶え、その後、杖を突いて公の場に出てきた。健康悪化説がマスコミで流れているが。
韓国の情報当局が確認したのは、足首の手術をしたことと外国の医師が入国したことの2点だ。遺伝的に心臓が悪く、ベルリンの心臓専門医が北朝鮮に入ったともいわれる。高度肥満なので成人病の可能性も当然あるだろうが、統治に支障をきたすほどの健康不安があるとは思われない。
――先日、北朝鮮は仁川アジア大会の閉幕式に合わせ最側近3人を訪韓させたかと思えば、軍事境界線付近での武力挑発を繰り返すなど「対話と挑発」を織り交ぜて韓国に接している。狙いは何か。
現在の北朝鮮の政策路線は「核と経済の並進」。このうち経済の再建は外資誘致が必須だが、3回目の核実験後、国際社会の批判にさらされ、難しい状況だ。そこで韓国に対し和解・協力、平和を呼び掛け、投資誘致に結び付けようと考えているはずだ。しかし、朴槿恵政権は無条件の支援は絶対しないという原則を守っている。北朝鮮としてはこの原則を曲げさせようと韓半島の軍事的緊張を高めている。
北朝鮮は外交的孤立から脱却しようと米国や韓国に融和ジェスチャーを見せ始めるなど、積極的に仕掛けている。米国は来月、中間選挙があり、韓国もそろそろ南北関係で実績が欲しいところだ。米韓が北朝鮮との対話に舵(かじ)を切れば、北朝鮮に厳しい姿勢だった中国との関係も自然に改善される可能性がある。韓国との関係改善をテコに危機を脱出しようという戦術だ。
――今後、金第1書記による統治の行方をどう見通すか。
金第1書記に挑戦的な要素は潜伏中だと言えるが、幹部らによる権力闘争が繰り返される中で金第1書記がこれを抑え込み、収拾する力を付けるまで、私はあと3年ぐらいは必要だと思っている。そういう意味で来年から16年にかけてが正念場だとみている。