韓国元慰安婦敗訴 釈然としない突然の対日融和


 いわゆる従軍慰安婦問題で韓国の元慰安婦と遺族ら20人が日本政府を相手取り起こしていた損害賠償請求訴訟の一審判決がソウル中央地裁で下され、原告の訴えが退けられた。日本政府は、国家は他国の裁判権に服さないという国際慣習法の「主権免除」を理由に裁判そのものが成立しないと主張してきたが、裁判所がこれを認めた形だ。極めて当然の判断と言えよう。

 文氏の意向を反映か

 今年1月、別の元慰安婦らが同様に日本政府を相手取り起こしていた訴訟の一審判決では主権免除が認められず、日本政府に原告1人当たり1億ウォン(約950万円)の賠償支払いを命じる判決が言い渡された。今回の判決は正反対の判断だ。

 また1月の賠償命令判決について地裁は、韓国内の日本政府資産を差し押さえる強制執行は韓国の国家的威信と司法の信頼を失うとして認めない立場を明らかにし、訴訟費用も日本政府に負担させない決定をした。賠償命令判決の趣旨とその効力を完全に覆そうという意志さえ感じられる。

 原告の中には、慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意に基づき、日本政府が拠出した「癒やし金」を受け取った人たちもいる。合意では同問題が「最終的かつ不可逆的に解決した」ことを確認していた。提訴を取り下げず裁判に臨んだこと自体、辻褄(つじつま)が合わないと言わざるを得ない。

 文在寅政権が発足して以降、韓国側は慰安婦合意の反故(ほご)や元徴用工判決など火種を作ってきた。こうした中で韓国の裁判所が主権免除を認めたのは幸いだが、慰安婦問題をめぐる一連の韓国の動きは釈然としない。

 もともと今回の判決は1月の予定だったが、急遽(きゅうきょ)延期された。延期直前の賠償命令判決について文大統領は「困惑している」と述べ、慰安婦合意を「政府間の公式合意」と認めるなど「被害者中心主義」を前面に出した強硬姿勢から態度を一転させた。その後、今回の裁判では担当判事の一部が交代した。判決は文氏の意向を汲(く)んだものではないか。

 そもそも態度を変えた文氏の真意はどこにあったのか。背景には、冷え込んだ日韓関係を改善させなければならない国内事情がありそうだ。

 東京五輪・パラリンピックを舞台に再び米朝対話の仲介役を果たし、来年の大統領選で与党候補に有利な情勢をつくり出したいという思惑が対日融和の動機になっていないか。

 ソウル・釜山市長選では与党が惨敗し、事実上の政権審判が下されたとの見方が多い。文氏としては大統領選に向け、朝鮮半島の平和定着などで成果を挙げるには米国の協力が不可欠だ。対中国圧力の必要性から日韓関係改善を促すバイデン政権の求めに応じ、対日融和路線に舵(かじ)を切った可能性もある。

 対立招く無益な裁判

 事情はどうあれ、これ以上この種の裁判を続けることは日韓双方に無益であり、対立を招くだけだ。文氏の任期が残り1年余りとなったこの期間は、「反日」を政治利用した結果失ってきた両国の未来志向的関係を取り戻す最後のチャンスだ。