文氏の対話呼び掛け、南北融和へ日本を利用か


 韓国の文在寅大統領は日本統治下で起きた独立運動の記念日に演説し、関係が冷え込んでいる日本に対し「いつでも向き合って対話を交わす準備ができている」と述べた。

 しかし、文氏は関係悪化の原因を韓国側がつくり出してきたことには言及せず、今夏に開催される東京五輪・パラリンピックを舞台に再び北朝鮮との融和ムードを復活させたい考えを明らかにした。対話を呼び掛ける真意は別のところにあるのではないかと疑わざるを得ない。

五輪舞台に日朝橋渡し

 文氏は歴史認識問題を念頭に「加害者は忘れることができても被害者は忘れることができないもの」「韓国政府は被害者中心主義の立場で解決策を模索する」と述べた。

 記念日の性格上、また歴代の韓国大統領が反日路線を国内政治に利用してきた経緯からも、この日の文氏は対日批判のトーンを抑え気味だった。

 一方、文氏は日本を「重要な隣国」と位置付けて「未来志向」「未来の発展」の大事さを繰り返し説いた。

 韓国では今年1月、元慰安婦らが日本政府を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で日本政府に賠償金を支払うよう命じる判決が下りたが、これについて文氏は「困惑している」と述べた。日本との関係改善に支障を来す可能性があると思ったからだろう。

 だが、被害者中心主義に固執したまま未来志向を訴えても日韓関係悪化の根本原因を取り除くことはできない。それは文氏自身が一番良く分かっていることではないのか。

 2018年の元徴用工判決で放置されたままの国際法違反の状態を是正させ、事実上反故にした15年の日韓慰安婦合意を履行すること以外、日本が韓国に対する信頼を取り戻す道はないという日本の一貫した立場を繰り返し聞いてきたはずだ。

 それだけに文氏が日本に対話を呼び掛けるのは釈然としない。対話によるメリットは日韓関係改善ではなく、別のところにあるのではないか。

 演説で文氏は「韓日両国は過去と未来を同時に見つめながら共に歩んでいる」と前置きした上で、東京五輪・パラについて日韓間、南北間、日朝間、さらには米朝間の「対話の機会になるかもしれない」と述べた。

 昨年の菅義偉政権発足に合わせ、韓国の朴智元・国家情報院長や韓日議員連盟の金振杓会長らが相次いで来日し、東京五輪・パラを北朝鮮問題を解決する外交舞台にする構想を提案したと言われる。その延長線上に今回の文氏の演説はあるようだ。

 拉致問題解決に向けた日朝交渉の橋渡しをする考えもあるようだ。しかし、仮に任期末の文氏が政権のレガシー(政治的遺産)づくりのため、朝鮮半島の平和定着を実現させる手段として五輪開催国の日本を利用しようと考えているとすれば失望を禁じ得ない。

北の脅威直視せず危険

 核兵器を振りかざす北朝鮮に対抗して安保協力すべき日本とは関係改善が進まずとも、北朝鮮の軍事的脅威を直視しないまま南北融和に酔いしれたいという発想は危険だ。