英国とEUが離脱清算金基本合意

次の課題は通商協議

 英国の欧州連合(EU)離脱の重要案件だった清算金の金額について、EUは11月末までに大筋合意したことが明らかになった。離脱交渉の第2段階である通商協議に向け、道が開かれた形だ。ただ、アイルランドとの国境問題など課題は多く、EU側は慎重に構えており、予断を許さない状況が続いている。
(パリ・安倍雅信)

「国境検問復活」でアイルランド二分

 EU側は、英国との第6回交渉が行われた11月10日、欧州委員会のバルニエ首席交渉官が、英国に対して2週間以内にEU拠出金清算について明確な方針を示すよう求めていた。同首席交渉官は、交渉の本題ともいうべき通商協議に入るには清算金問題のクリアが必須条件とし、英国に対して強い姿勢を示し続けてきた。

デービスEU氏(左)と、バルニエ氏

9月28日、ブリュッセルで握手する英国のデービスEU離脱担当相(左)と、EUのバルニエ首席交渉官(AFP=時事)

 ブリュッセルからの報道によると、英国側は今回、離脱後のEU予算についても分担金の支払いを確約し、硬直状態にあった離脱交渉は次の段階に移る可能性が出てきた。離脱交渉の進展で鍵を握る清算金問題は、これまでEU側が試算する金額と英国の考える額との間に大きな隔たりがあったとされていた。

 英国側は今回、支払いの大幅な増額に譲歩することで基本合意に達したと伝えられる。ただ、関係者によると英国側が正式な提案をしたわけではない。非公式な合意に至ったことで、確認作業で暗礁に乗り上げない限り、交渉は第2段階に移れるとしている。

 英政府は先月末、EU側の要求している600億ユーロに対して500億ユーロ前後を支払う意向を示したとの報道が英国メディアから流されていた。EU側は英国が支払いを約束する2020年末までの現行予算(7年予算)の中で21年以降に施行される項目に対しても分担金の支払いを求めており、英国側は今回応じる姿勢を見せているという。

 英国側が今回、大幅に譲歩する姿勢を見せた背景には、2019年3月の正式離脱期限までに交渉を完了したいという思惑がある。英メディアの中からは今年の夏以降、交渉が成立しないまま離脱する、いわゆる「ノーディール」離脱が何度も指摘されてきた。

 英国内では、最近、日本の自動車メーカー、トヨタが英国政府に対して、離脱交渉の難航で不透明感が拡がっていることへの懸念を伝えたことが明らかになった。多くの在英企業が、生産拠点などの移転決定ができない状況にいら立ちを強めている。

 そのため、離脱交渉を付託されているメイ政権としては、交渉の長期化は英国経済にも悪影響を及ぼすとして、EUの要求を受け入れることで、第2段階の通商交渉に進みたい考えとみられている。今月14・15日のEU首脳会議で通商協議など第2段階の交渉に進む決定を下すとしている。

 ただ、清算金とともに協議されてきた離脱後のEU市民と英国民の権利保障問題や、英国に帰属する北アイルランドとアイルランドの国境問題についても合意が急がれている。特に北アイルランドの国境問題は、アイルランドの政治問題にまで発展し、合意は容易ではない。

 英国のEU離脱で、アイルランドと陸続きの北アイルランドは、国境検問の必要が生じる。だが、長年のプロテスタント系住民とカトリック系住民の宗派対立で多くのテロ事件が起きた北アイルランドは、1998年の和平合意で南北アイルランド間の国境検問が廃止され、人と物の移動が自由化され、物流面での飛躍的な効率化で経済発展してきた。

 EU離脱で再び国境検問所が設けられれば北アイルランドが孤立し、宗派対立が再燃しかねない。特にEU残留のアイルランド政府が懸念しており、さらにビジネス、特に物流の非効率化を招くことも懸念されている。

 この国境問題について、英国が香港を中国に返還した時の方式の適用をEU側は提案しているが、現実問題として国境を通過する道路は300本以上、そこを多くの物資が輸送され、実際、アイルランドの輸出の8割が英国向けという現状から、国境検問の復活は経済に悪影響を与えるのは確実。

 国境を復活すれば、圧倒的EU残留派だったアイルランド国民も直接的ダメージを受けるため、若者の間では残留支持派と離脱派の対立が起きている。

 さらに、今年の英総選挙で敗北し、アイルランドと距離を置くことを主張する北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)の閣外協力でなんとか議会の過半数を保っているメイ英政権にとっては、国境検問設置問題は選択の余地が限られている。