超高齢化社会バチカンの未来は?
医療技術の発展で欧米社会では高齢化社会を迎えて既に久しい。ところで、高齢化の最先端を行くのはローマ・カトリック教会総本山バチカン(ローマ法王庁)だということはあまり知られていない。構造的な高齢化社会のバチカンに未来はあるのか、を考えてみた。
(ウィーン・小川 敏)
若返りの決め手は法王任期制導入か
バチカンの高齢化を考える前に、ローマ法王を頂点としたバチカンのヒエラルキーを理解する必要があるだろう。世界に12億人以上の信者を擁するローマ・カトリック教会の最高指導者は“ペテロの後継者”ローマ法王であり、現在は南米出身のフランシスコ法王だ。法王の次には219人の枢機卿がいる。法王選出会(コンクラーベ)に参加できる枢機卿は80歳未満だ。次期法王の選出権を失った80歳を超えた枢機卿の数は99人だ。その数を差し引くと、ちょうど定数の120人の枢機卿が現時点で選挙権を有していることになる。
最近では、前法王ベネディクト16世が今年4月16日に満90歳になった。その後継者フランシスコ法王は昨年12月に80歳になった。新しい事実ではないが、ローマ・カトリック教会は高齢者が支配する社会だ。ちなみに、枢機卿会議に所属している枢機卿で最年長はピミエント・ロドリゲス枢機卿(コロンビア)で98歳だ。
枢機卿の高齢化の背後には、医療技術の向上がある。80代、90代の高齢聖職者に対してはバチカンの医療体制下にあって徹底した健康管理が実施されているから、高位聖職者も長生きできるようになった。
ところで、バチカンの歴史の中で法王に選出されて33日後に亡くなったローマ法王がいる。ヨハネ・パウロ1世(在位1978年8月26日~9月28日)だ。同法王は“笑う法王”と呼ばれ、信者たちの人気が高かった。バチカンで現在、列福手続きが進められている。
宗教界では指導者の高齢化が進む一方、政治の分野では若い世代が台頭してきている。例えば、アルプスの小国オーストリアでは31歳の首相が間もなく誕生する予定だ。同国国民党の党首セバスティアン・クルツ氏だ。
ドイツのハンブルクにあるオンライン統計市場調査機関「Statista」が先月、公表した世界の政治指導者の年齢調査結果によると、フランスのマクロン大統領(39)まで10人の30代の政治指導者の名が並んでいる。世界の政治は若年化傾向にあるといえる。
それでは、バチカンの若返りは考えられるだろうか。30代のローマ法王の誕生は難しいにしても、40代後半から50代のローマ法王が現れてきてもおかしくはないが、バチカンの現システムでは難しい。それなりの理由がある。
実例を挙げる。近代法王として57歳で最年少法王となり、最長の在位27年間を務めたヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)。ポーランド出身の同法王はレーガン米大統領、サッチャー英首相(いずれも当時)らと共にソ連崩壊の立役者であったことは疑いない。
半面、在位期間が長くなるにつれて、さまざまな問題が浮上してきた。健康が悪化して法王としての職務が遂行できなくなる。ローマ法王は終身制だ。若くしてローマ法王に選出された場合、同法王の在位期間は必然的に長期となる。そうなれば、バチカン内の空気が淀み、教会に新風を呼ぶことが難しくなる。
27年間の最長在位記録を樹立したヨハネ・パウロ2世の死後、バチカンは当時既に78歳と高齢だったヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー枢機卿(教理省長官)をローマ法王(ベネディクト16世)に選出した。ドイツ人の法王ベネディクト16世は、あくまでもショートリリーフとして抜擢(ばってき)されたわけだ。
同じことがフランシスコ法王の選出でも言える。ベネディクト16世の突然の生前退位を受け、ブエノスアイレス大司教のホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(後のフランシスコ法王)が2013年3月、コンクラーベで法王に選出されたが、彼はその時、既に76歳だった。フランシスコ法王の在位期間が長期に及ぶ懸念はないわけだ。
バチカンが若い法王の誕生を期待するならば、①法王の終身制を廃止②在位期間の制限、が不可欠となる。それができない限り、バチカンの高齢化にはストップがかけられないだろう。神の召命にも任期があることを受け入れる時が来ているのかも知れない。
ベネディクト16世の生前退位表明は、バチカンの高齢化対策に一石を投じた歴史的な決定だった、といえる。






