「奇跡」証明、透明化が鍵
バチカン、認定に関する新規約発表
世界に12億人以上の信者を抱える世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン法王庁列聖省は先月23日、カトリック教会で福者、聖人の称号を得るために必要な「奇跡」の認定について新しい規約を発表した。現代人には「奇跡」といってもピンとこない面もあるが、過去の偉人、義人が福者、聖人となるためには不可欠な条件だ。(ウィーン・小川敏)
鑑定の公正性を強化
真偽検証へ専門家委員会設置
“貧者の聖人”と呼ばれた修道女マザー・テレサが9月4日、列聖された。列聖入りは米大リーグでいえば、殿堂入りを意味するもので、神に仕える者が願うことができる最高の立場だろう。
聖人の前段階には福者と呼ばれる立場がある。列福された人物が列聖へ進む。そして福者や聖人になるためには各段階で2件の奇跡が実証されなければならない。バチカンはそのために奇跡を検証する委員会を設置し、数年間をかけて調査する。そのハードルをクリアした人物だけが、福者、聖人クラブ入りできるわけだ。
バチカンとはいえ、生の人間が調査するわけだから、その福者、聖人手続きプロセスでさまざまな不明瞭なことが生じることがあるし、過去、実際あった。例えば、奇跡を調査する医療関係者への謝礼から、奇跡の証人の信憑(しんぴょう)性まで、不審な点がささやかれたことがある。
そこでバチカンは23日、新しい奇跡調査に関する規約を作成し、このほど公表した。ローマ法王フランシスコのバチカン改革の一つといえる。奇跡鑑定でこれまで曖昧だった点を明確にする一方、そのプロセスの透明化を促進する狙いからだ。
奇跡の認知に関するこれまでの規約は1976年版で、1983年に一部改正して今日に至る。列聖省次官のマルチェッロ・バルトルッチ大司教は「40年前の規約であるから、今日に適応できない点もある。そのため、2、3の改正が不可欠となった。改正の焦点は奇跡に対する疑惑を払拭(ふっしょく)する処置の強化だ」と説明している。
カトリック教会には奇跡が常に必要だ。亡くなった信仰の模範者への崇拝が消滅しないようにするため、バチカンは列福と列聖の手続きを実施する。そこで関係者が高い徳の持ち主であり、その人への崇拝心が合理的であることを確かめることになる。その証拠として関係者が行ったといわれる奇跡が出てくる。バルトルッチ大司教によると、聖性に関する人間的な評価を検証する“神の指針”というわけだ。
中世は、その人の名誉を高めるには奇跡的な出来事だけで十分だった。しかし、12世紀、13世紀に入ると、奇跡の検査手続きが行われ始めた。ミラノ大司教カルロ・ボッロメーオ の列聖(1610年)の場合、医学者による検証が初めて行われた。1743年のバチカン公文書の中には、医学専門家評議会が常設委員会として初めて登場している。
新規約は鑑定の公正さの強化だ。焦点は奇跡の中でも最も多い“説明できない病の治癒”現象に対してその真偽を検証する固有の専門家委員会の設置だ。医学鑑定者の任期5年間、バチカン列聖省長官によって任命される。そのメンバーの再選は一度だけに限定する。
バチカンは列福、列聖プロセスに関わる医学者や関係者に影響力を行使してはならない。関係者への接触は禁止されている。新たな関連文書の提示は列聖省事務局を通じてしか許されない。最後に、鑑定人への謝礼の支払いは将来、銀行口座を通じてしかできなくなる。現金の譲渡は禁止される。
だが、新規約の公表が、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005年)、ヨハネ23世(在位1958年10月~63年6月)、マザー・テレサなど教会の著名な人物の列聖が終了した後に行われた点が疑問として残る。特に、27年間、近代法王として最長の在位期間を誇ったヨハネ・パウロ2世の列聖がその死後9年という最短期間で完了したが、なぜ、急がなければならなかったかという点だ。
バチカン側は「鑑定人への謝礼が銀行払いに一括された」という点を些細(ささい)な改正にすぎないといわんばかりに、最後に付け足しのように説明した。ひょっとしたら、この点はバチカンの列福、列聖プロセスで常に大きな問題だったのではないか。
いずれにしても、バルトルッチ列聖省次官が言うように、「カトリック教会は奇跡が必要であり、福者、聖人が不可欠だ」という点は間違いない。