南海トラフ巨大地震にどう備えるか

矢田部龍一・愛媛大学防災情報研究センター長に聞く

東日本大震災以上の被災に

 南海トラフ巨大地震はこれからの30年で70%の確率で起こるとされ、被災が予想される地域では、大地震への対策が喫緊の課題になっている。四国の土質に詳しく、ライフワークとして学校や地域での防災教育に取り組んでいる矢田部龍一・愛媛大学防災情報研究センター長に、巨大地震と津波にどう備えればいいか伺った。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

ハード対策だけでは限界/学生の防災リーダー育成
家屋耐震性や避難路確保/大変な時代を支える気概持て

南海トラフ巨大地震とは?

矢田部龍一氏

 南海トラフは四国沖から静岡県の南の海底にある水深4000㍍級の海溝で、北西のフィリピン海プレートと大陸側のユーラシアプレートが衝突して沈み込んでいる、非常に活発で大規模な地震発生帯だ。4月の熊本地震を受け、海上保安庁は南海トラフ周辺に大きな海底の動きが観測されていることを発表した。プレートのスリップによるひずみが拡大し、地震を引き起こすエネルギーがたまっているので、熊本地震は南海トラフ巨大地震の前兆とする見方が強まっている。

 東日本大地震が869年の貞観地震から1144年で、地震考古学者は千年周期説を唱えていた。貞観地震は陸奥国東方沖の海底を震源域として発生し、津波による被害も甚大だった。この地震の5年前の864年には富士山の青木ヶ原樹海に溶岩流を噴出した大噴火が起き、915年には十和田火山が、朝鮮半島では白頭山が大噴火した。西日本では前年の868年に播磨地震が、887年には南海トラフ地震と推定される仁和地震が起こり、この時代に日本付近の地殻が大きく変動した可能性が高い。千年周期説によれば、今その時代を迎えている。

 政府は当初、南海トラフにおける連動型巨大地震を想定し、東海・東南海・南海地震の三連動地震が起こると予測し、東日本大地震が起こると日向灘地震も想定に入れた。日本で起こり得る最大規模の地震である。

国家存亡の危機だ。

 そんな大地震が起きると、被害は220兆円を超え死者32万人に及び、少子高齢化で1000兆円を超える借金を抱えている日本が果たして持ちこたえられるのか危惧される。東海から西日本の太平洋沿岸に集積している主要な産業も壊滅的な打撃を受ける。これだけ高度な都市文明が地震で崩壊するのは、世界でまだ誰も経験していない。

 地震対策に政府は予算を投じているが、これだけの巨大地震になるとハード対策だけでの対応には限界があることから、災害情報の伝達や総合防災訓練などのソフト対策の充実を図ることにした。1958年の伊勢湾台風を機に61年に災害対策基本法が制定され、ハードでの対策が国の責務となり、それに基いて河川や海岸の堤防が整備されてきた。

 それによって日本の災害被害は確かに減少したが、95年の阪神・淡路大震災で打ち砕かれ、その後、連続的に気象災害が起こるようになった。最近は毎年のように一級河川が豪雨で氾濫している。数十年かけて河川堤防を整備してきた国交省が、想定以上の豪雨に限界を感じ、最も重要な住民の命を守るために、ソフト防災にも力を入れるようになった。

 早期の情報発信、情報伝達で危険を伝え、住民に避難を促すようになり、気象庁はツィッターを使った情報発信もしている。携帯・スマホの時代になり、今後はソーシャル・ネットワークが災害情報発信の主流になるだろう。ラジオも見直され、テレビのデジタル化で余った回線を利用し、ミニFM局が各地に生まれ、地域密着型の情報を流すようになった。いくら警告しても避難しないので、気象庁も警報の出し方を変えている。また、地区防災計画を各町内で作ることを進めており、これらを成功させない限り、南海トラフ巨大地震には対応できない。

東日本大震災に比べると?

 南海トラフ巨大地震の特徴は震源地が陸に近いことで、津波の到達時間が東日本大地震よりも圧倒的に短く、早く避難しないと間に合わない。揺れも大きいので、陸地の建物は壊れ、避難するのも大変になる。山の地質は、東北に比べ紀伊半島や四国は脆弱で、崩れやすい。東日本大震災では東北を縦貫している高速道路から太平洋沿岸に向かう道路が使えたので救援物資が運べたが、和歌山県や四国では高速道路も危なく、山間部を走る道路は寸断されるだろう。被害地域は東日本よりも広域で、かつ人口稠密地も多く、産業が発達し、高層ビルも建っているので、東日本以上の被災形態になるだろう。

 そうした想定を何度も住民に説明し、思考訓練から避難訓練をしておかないといけない。家屋の耐震化や家具の固定、防災用品の整備から避難路の確保など、当たり前のことを全ての住民に守ってもらわないと、南海トラフ巨大地震で日本は潰れてしまう。国が潰れるなど考えられないかもしれないが、実際にあり得ることだと言わざるをえない。

愛媛大学で昨年から始めた学生の防災リーダー育成事業は?

 去年は100人だったのが、今年は松山市内の4大学から250人が夏季の集中講義に受講料を払って参加した。来年は全国に呼び掛け500人にしたいと考えている。相互に単位を認める制度があるので、愛媛大を防災リーダー育成のメッカにしていきたい。

多くの自治会では地区防災計画の必要性は分かるが、ハードルが高い。

 私が大学生の防災リーダーを育成している目的の一つはそこにある。防災リーダーの学生を地区に派遣して、地域の人たちと一緒に地区防災計画を作成する。そうすると、町内会長がリードするよりやりやすくなる。住民にとっても学生は大歓迎で、町内会長との間のクッションの役割も果たしている。古いタイプのリーダーでは住民、とりわけ若者は動かない。ところが、専門知識を持った学生が協力すると、住民も感謝の気持ちからやる気になる。子供たちにとってはお兄さんお姉さんなので、彼らも参加しやすい。子供たちが動けば、それにつられて大人たちも動くようになる。

 そうした仕組みを松山市から消防の協力を得て作り、県に展開するときには、県警や各自治体の力を借りる。最終的には自衛隊の協力を得て、国を守る意識を持つ防災リーダーを育てたい。自衛隊のような国家意識を持つ集団に触れると、学生たちの意識も大きく変わる。

 学生は地区に入っていくことで地域に役立つにはどうすればいいか考えるようになる。その意味で、防災は人材育成でもある。

 松山市の消防は数百の会社と提携しているので、その紹介で希望する会社にインターンシップに行くなど、就職もイメージしながら学生を育てることができ、キャリア教育にもつながる。

学生にはどんなことを強調しているのか。

 防災のハウツーは教科書に書いてあるので、これからの日本がどんなに大変な時代を迎えるのか認識し、それを自分が支えるという気概を持てと、叫んでいる。ある意味、防災教育は気概教育だと思う。今の学生は、そんな教育をほとんど受けたことがないので、熱を込めて語ると純粋に反応してくる。

矢田部教授の専攻は地盤防災工学。1993年にJICA(国際協力機構)の派遣でネパールに4カ月間滞在し、同国政府に地すべり対策など提言して以来、ネパール訪問は30回を超える。それが縁で98年からネパールの留学生を受け入れ、留学生第1号は同大准教授になっている。愛媛大防災情報研究センター長として自治体と共同で地域の防災教育を進めている。今年9月には外務省の事業で、教え子のネパールの国会議員が引率するネパールの高校生19人を愛媛大学に受け入れ、日本文化体験、防災体験、環境学習などを行った。