韓国・慰安婦問題 近づく大統領選、遠のく少女像移転

特報’16

 いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる昨年末の日韓合意に基づき、8月末に日本が10億円を韓国に拠出した後の最大の焦点となっている在ソウル日本大使館前の少女像移転問題が長期化する兆しを見せている。来年末に大統領選を控え、朴槿恵政権としては合意を履行したくても下手に移転すればその逆風に耐えられないという悩ましい事情があるようだ。
(ソウル・上田勇実、写真も)

野党が与党候補攻撃の材料に

 「わが国の大統領が1億ウォン(約919万円)でハルモニ(元慰安婦)を売り渡した」

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先月28日、在ソウル日本大使館前でのデモで少女像移転反対を主張した挺対協の尹美香常任代表(右端)。左端は元慰安婦の吉元玉さん

 先月26日、韓国外交部で行われた国政監査(国会が毎年行う国政全般に対する監査)に出席した元慰安婦、金福童さん(90)はこう発言した。

 多数派の野党による閣僚解任決議案の可決で国会運営が紛糾し、与党議員全員が欠席する中で行われた国政監査は、完全に野党ペースで進められた。日韓合意や日本から拠出された10億円の性格などをめぐり野党議員から叱責とも言える質問が相次いだ。

 合意を主導した外交部の幹部や合意履行のため立ち上げられた「和解・癒やし財団」の責任者らは、さらに突っ込まれる言質を取られまいと防戦に追われた。

 癒やし金として10億円を受け取ったのだから、当然のごとくあとは少女像移転が行われるはず――。日本側にはこんな楽観的見通しが多い。しかし、先月発表された世論調査でも少女像移転について依然として76%が反対。与党セヌリ党支持者でさえ日韓合意について「再交渉すべきだ」(48%)が「再交渉すべきではない」(33%)を上回った。

 先週、日本大使館前で毎週水曜日に行われる慰安婦問題をめぐる反日デモで、支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」の尹美香常任代表はこう声を張り上げた。

 「ハルモニたちが通りに出て『日本政府が法的責任を取り、謝罪し、賠償するのを見たい』と言っているのに韓国政府は『最善を尽くした。受け入れてください』と言って自分たちの成果、治績として自慢している。(中略)ハルモニたちが『もうこの人たち(日本政府)に手を差し伸べる』と言わない限り、私の方からもう疲れたでしょうから和解しましょうなどと絶対言えない」

 40人いる存命中の元慰安婦たちに対し、「和解・癒やし財団」の金兌玄理事長らによる説得は今も続いている。財団関係者によれば、その半数以上が癒やし金の受け取りに同意し、治療費や生活費、孫の奨学金など各名目に沿って向こう1年くらいかけて段階的に届けられるという。

 にもかかわらず日韓両政府を罵倒し続ける支援団体の真意は何か。支援という大義の裏で元慰安婦たちの「反日・反朴槿恵政権感情」を“人質”にこの問題の長期化を狙い、ひいては自分たちの生き残り、活動拡大を図りたい――。そんな本音が隠されていないか。

 少女像移転には反対世論の他にもう一つ大きな壁が待ち構えている。来年12月の韓国大統領選挙だ。少女像移転は世論を刺激する可能性が高く、特に与党候補に対する格好の攻撃材料になる。そして仮に「親日」に厳しい野党系候補が当選した場合、少女像移転がさらに先延ばしされる恐れがある。「最終的、不可逆的な解決」とうたった慰安婦合意がぐらつき始めることも想定しなければならない。

 この間、「少女像を移転すべきだと考える韓国政府と癒やし財団」(財団関係者)に対する援軍が全くなかったわけではない。先月、ある大手紙の論説主幹は北朝鮮や中国の軍事的脅威が高まる中で「少女像を日本大使館前から別の場所に移転する必要がある」と主張し、その「出色」の移転論から一部の日本メディアに紹介された。

 ところが、記者がこの論説主幹に真意を確認しようと面会を申し込んだところ、返事がなく事実上断られたままだ。別の日刊紙編集幹部に尋ねると「韓国メディアが移転に肯定的なわけではない」という答えが返ってきた。少女像移転を支持する「言論の自由」を韓国で見いだすのはまだ難しい。

 いずれにしろ10億円拠出で「ボールは韓国側にある」(自民党幹部)状況に変わりはない。国際社会に向かって合意し、また北東アジアの安全保障に影を落としかねない日韓関係悪化を望まない米国の手前、韓国は少女像をいつかは移転させなければならない。だが、その落としどころを見いだせないまま大統領選の季節に突入しようとしている。