パリとブリュッセルのテロ事件、密接なネットワーク浮上

 ブリュッセル国際空港(ザベンテム空港)および地下鉄マールベーク駅で3月22日に発生した連続爆破テロ事件では、35人が死亡、200人近くが負傷した。ベルギー捜査当局はフランス当局との合同捜査により、昨年11月にパリで起きた同時多発テロ事件とのつながりを示すテロネットワークの存在が浮上しつつある。
(安部雅信)

問われる各国の同化政策

 パリで昨年11月13日に起きた同時多発テロで、中心的役割を担った唯一の生存者とみられるサラ・アブデスラム容疑者の身柄がフランス当局に引き渡されることになった。同容疑者はテロ事件後、逃走を続け、3月18日にブリュッセルで逮捕された。

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3月18日、パリ同時テロ事件の容疑者拘束作戦が行われたブリュッセル・モレンベーク地区の現場近くで、規制線を張り警戒に当たるベルギーの警官隊(AFP=時事)

 同容疑者は4月1日、収監先のベルギーの刑務所で、兄ら親族と接見し「パリのテロで自爆ベストを爆発させることもできたが、そうすればもっと多くの犠牲者が出ただろう」と語ったことが、接見後の兄の会見で明らかになった。同容疑者はフランス国籍で、逮捕直後から、フランスへの移送を希望していた。

 そのため、アブデスラム容疑者が今後、何を話すのかによって、パリのテロ事件の全容が明らかになる可能性があり、注目を集めている。同時に同容疑者をブリュッセルでかくまっていた協力者が、ブリュッセルのテロの実行犯だったことが判明し、両テロ事件は、同じテロネットワークの犯行だった可能性が高まっている。

 パリ同時多発テロでは、モロッコ系ベルギー人のアブデルハミド・アバウド容疑者(死亡)を首謀者とするフランス国籍者およびベルギー国籍者らがテロを実行し、現場にいたアブデスラム容疑者を除く実行犯は自爆テロなどで死亡した。死亡した中には、サラ・アブデスラム容疑者の兄弟、ブラヒム・アブデスラム容疑者もいた。

 ブリュッセルでのテロは、パリのテロの実行犯および後方支援したテロネットワークと密接な関係にあり、ブリュッセルの空港でのテロに関与したナジム・ラシュラウィ容疑者やパリのテロの首謀者、アバウド容疑者らを中心に、「イスラム国」(IS)が教育した主要メンバーがテロを準備、実行した可能性が高いことが分かっている。

 パリとブリュッセルのテロに関与した人物たちは、いずれもフランスやベルギーの移民街で育ったアラブ移民系の若者で、社会的差別を味わい、不良仲間と軽犯罪などを繰り返し、モスクや収監先の刑務所で聖戦思想に感化されたとされる。彼らはシリアやイラクの戦闘地域で実際に戦争に加わった経験者もいて、IS幹部との接触も確認されている。

 米ニュース専門TVのCNNが公表したアブデスラム兄弟を映した動画によれば、昨年2月に夜のナイトクラブで金髪の女性たちとダンスに興じる姿がスマートフォンで録画されている。当時の行動からは聖戦思想に染まった様子はなく、ごく短期間にテロリストに変貌したことが想像される。

サラ・アブデスラム容疑者

サラ・アブデスラム容疑者(AFP=時事)

 専門家の間では、アブデスラム兄弟やブリュッセルのテロで自爆したバクラウィ兄弟など、兄弟がテロ実行犯になるケースが増えており「兄弟は裏切らない」という点で、ISが利用しているとみられている。また、差別的境遇を共有する若者らが、彼らの行動認知できる範囲内にある標的に向け、テロを実行している可能性も指摘されている。

 さらに今回、ブリュッセルのテロ実行犯によってベルギーの原子力技術者が監視されていたことが発覚し、原発施設への攻撃、あるいは核兵器開発のための誘拐を計画していた可能性も指摘されている。そのため、大規模な攻撃を欧州内で実行する可能性も出てきた。また、彼らは連帯感が強く、移民街での潜伏を容易にしていたことも分かっている。

 パリの11月のテロ以降、ISの標的はユダヤ施設や米国権益、仏風刺週刊紙シャルリエブド本社など明確な意図を持った標的から、一般市民を標的とした無差別テロに変化しつつある。シリアで空爆を繰り返す米国を中心とした有志連合の国々の市民を無差別に攻撃する方向へ転換をしたと考えられる。

 一方、ベルギー政府の失態も非難されている。トルコ当局が通告した危険人物をベルギー当局は釈放していたことが明らかになったからだ。ベルギーは、テロネットワークの拠点として、何度もその存在が過去に指摘されてきたが、国内で対立する二つの言語地域があり、情報共有の精度が低く、さらに小国で治安対策に掛ける予算も限りがある。

 IS戦闘地域に最も多くの人員を送り込むフランスや、戦闘地域に送り込む数では、人口比で欧州最大規模のベルギーには、モロッコ、アルジェリア、チュニジアからの北アフリカ移民家庭が多く、フランス語圏でのテロ実行を容易にしている。

 ただ、EU加盟各国内では、移民の同化政策に温度差があることも事実だ。フランスでは、世俗主義が柱とされ、公共の場でのイスラム女性のスカーフやブルカ着用が禁止されている。信教の自由を保証しながらも、ライフスタイルの変更を移民に強要している。

 昨年来、大量の移民がシリアやイラク、アフガニスタンなど流入しているEUとしては、移民同化政策を失敗すれば、テロの頻発につながりかねない。移民排撃の極右政党が支持を集める中、何をもって同化とするのか、大きな課題がEUには突き付けられている。