仏大統領選 極右のゼムール氏が急浮上
警戒強める既存政党
政治不信の中、移民・治安が争点
来年4月のフランス大統領選が混戦状態にある。秋に極右のエリック・ゼムール氏が突如浮上し、想定外の旋風を巻き起こしているからだ。マクロン現大統領と右派、国民戦線(RN)のマリーヌ・ルペン党首が有力視される中、既存政党候補者は警戒感を強めている。(パリ・安倍雅信)
政治評論家のゼムール氏は11月30日、大統領選への出馬を正式に表明。最新の世論調査で多少、支持率を落としたとはいえ、ゼムール氏は、決選投票に残る可能性が指摘されるルペン氏、現職マクロン氏と支持率2位の座を争っている。
仏メディアは、5年前の米大統領選でドナルド・トランプ氏が泡沫(ほうまつ)候補から大統領になった時を彷彿(ほうふつ)させるとまで評している。ゼムール氏が無所属で出馬しているのも、トランプ氏が当初、独立候補だったのに似ていると指摘されている。
ゼムール氏はユーチューブに投稿した動画で、移民の流入により「フランスはもはやフランスではなくなった」と主張。「フランスを救い、再建するために大統領選に出馬することを決意した」と述べた。
ジャーナリスト出身のゼムール氏は、テレビのコメンテーターや作家だった経験からメディアの利用方法を心得ている。本を出版し、人種差別的発言をメディアで繰り返すことで物議を醸し、本が売れ、知名度を急上昇させることに成功した。同時に反移民やイスラム批判などに有権者が想定以上の反応を示した。
ゼムール氏は、北アフリカのマグレブ諸国や中東からの移民が、フランスの文化や価値観に同化することを拒否し、充実した社会保障の恩恵だけ受けながら、生産性は低く、国の負担になっていると批判している。さらに在仏イスラム教徒はテロなどを繰り返し、国家を分断するだけでなく、フランスのイスラム化を画策していると主張している。
これらの発言は、ルペン氏の父親でRNの前身の極右政党、国民戦線の創設者、ジャンマリ・ルペン氏の1980年代の過激な移民排撃の発言に似ている。
右派の英雄ドゴール将軍だけでなく、尊敬するナポレオンを引き合いに出す。ゼムール氏は、1980年代のミッテラン政権で左傾化し、人道と寛容さの価値観でイスラム系移民を大量に増やした間違いを正すのが自分の使命だと主張している。
当然ながら、王政と宗教を否定した大革命を支持する左派支持者とメディアはゼムール発言の抑え込みに必死で、粗探しに余念がない。差別を嫌い、寛容さを重視する左派勢力は一斉にゼムールたたきに走っているが、ゼムール氏の主張に共感する有権者も多く、勢いが止まらない状況だ。
保守系週刊誌レクスプレスの調査では、ゼムール氏を傲慢(ごうまん)で権威主義者と思っている国民は7割を超える。一方でフランス人の51%が、彼が本当に物事を変えようとしている人物だと信じていると答え、48%が行動力があるとみている。ゼムール氏とルペン氏のどちらかが決選投票でマクロン氏と戦うと考えている人は50%に上る。
一方、既存大政党の中道右派・共和党(LR)、中道左派の社会党(PS)は2人の右派政治家に比べ、国民を引き付ける政策を打ち出せていないため、苦戦を強いられている。ゼムール氏が登場するまで、移民問題への発言を控えてきた他の候補者は、移民問題、治安問題に触れざるを得なくなっている。
特に中道右派LRの大統領指名候補者の選出をめぐり、11月30日の討論会で安全保障と移民という二つのテーマが急浮上した。
2012年の大統領選挙では第2回投票でLRの前身、国民運動連合(UMP)のサルコジ氏がPSのオランド氏に敗れ、前回の2017年にはLRは第2回投票に進むことさえできなかったため、危機感を持っている。
前回の選挙では、戦後史上初めて既存大政党の候補者が敗退し、39歳の選挙経験もないマクロン氏が自身で立ち上げた中道の新政党、共和国前進を足場に大統領に選出された。理由は既存政党への不信感がフランスで過去にないレベルに達したからだった。
今回は、政治経験そのものがなく、無所属のゼムール氏が旋風を巻き起こし、RNを含む既存政党を脅かしている。ただ、ゼムール氏は今後、立候補が認められる上で必要な自治体首長ら500人以上の署名が集められるかが課題だ。