治安悪化、仏で懸念

 フランスでは警察への襲撃が連続で起きている。容疑者はイスラム聖戦主義に感化された人物や麻薬密売人らだ。警察官の任務は危険度が増す一方、市民は治安悪化に不安を募らせている。欧州最大規模のユダヤ人とアラブ人社会を抱えるフランスでは、イスラエル情勢悪化への影響の懸念も高まっている。
(パリ・安倍雅信)

麻薬組織も重武装化
イスラム過激派は警官襲撃

 パリ西郊外イヴリーヌ県ランブイエで4月23日に警察署内で女性職員が殺害された事件は、イスラム聖戦主義の過激思想に感化されたチュニジア人の犯行だった。

フランスのマクロン大統領=3月23日、パリ(AFP時事)

フランスのマクロン大統領=3月23日、パリ(AFP時事)

 4月初旬には南部モンペリエ郊外で18歳の少女を含む5人の女性が逮捕され、国内治安総局(DGSI)は、モンペリエのカトリック教会を標的とした爆弾テロ計画があったことを明らかにした。

 ダルマナン内相が3月末に「テロの脅威は非常に高い」と指摘していたが、実際に事件は次々に起きている。

 南部アビニョンの麻薬取引で知られる旧市街地で今月5日、密売人グループの一人が尋問中の警官に向かって発砲し、警官1人が死亡した。公道で白昼堂々、警官を射殺した事件は国民に衝撃を与えた。

 アビニョンの事件現場では9日、警官や一般市民ら約5000人が集まり、殺害された警官を追悼するとともに治安強化を訴えた。参加者は「最近は犯罪者が警官を恐れなくなった」「警察が治安維持の機能を果たしていない」などと口々に叫んだ。

 今月19日には首都パリで警察官を危険にさらす状況の改善を求め、大規模な抗議デモが計画されている。マクロン大統領も麻薬取り締まりで警官の増員や予算の積み増しを約束した。

 麻薬はフランスに重くのしかかる社会問題だ。国内に約4000の麻薬売買拠点があると指摘されている。アビニョンの事件現場では4月中旬に密売組織が一斉検挙されたばかりだった。フランスでは毎年、麻薬犯罪容疑で数千人が逮捕され、彼らの拠点から武器や弾薬も押収されている。

 彼らは約20年前から重武装するようになり、取り締まる警官側は命の危険にさらされている。実は武装化する麻薬犯罪組織とイスラム過激派は無縁ではない。イスラム過激派にとっては人材と資金調達の二つの面で、フランスが欧州最大の活動拠点になっている。

 欧州最大の約600万人のアラブ人社会を抱えるフランスでは、アラブ系移民の境遇は差別と貧困の中にある。学校を中途退学し、社会をドロップアウトした若者たちが日銭を稼ぐために窃盗などの軽犯罪、麻薬売買に手を染め、不良グループ同士の抗争も絶えない。一方、彼らは、イスラム過激派組織にとっては人材獲得対象になっている。

 かつてシリアを拠点としていた過激派組織「イスラム国」(IS)も、麻薬密売グループに武器を調達していた。麻薬組織は大麻の売り上げで12億ユーロ(約1300億円)、コカイン8億ユーロ、その他の薬物も含めて年間30億ユーロの利益を得ているとされ、当局によれば、この10年間で取引額は3倍に増えた。約140万人いる大麻常習者らが消費し、利益はモロッコなど経由し、ISなどに流れているとみられている。

 アビニョンの事件後、麻薬常習者や密売人が多いパリ19区では、彼らに町を出て行くよう抗議する住民と抵抗する密売人グループ、それを取り締まる警官らとの間で緊張状態が続いている。政府は近年、麻薬売買組織の解体に力を入れてきたが、容易ではない。

 仏治安当局は、警官殺害事件で警察の権威が失墜していることに加え、イスラエルとパレスチナの対立激化が仏国内に影響を及ぼすことを強く懸念している。国内のイスラム勢力とユダヤ勢力の衝突につながる恐れがあるからだ。

 実際、フランスでは過去にイスラエル情勢の悪化に伴い国内治安も悪化した経験がある。

 マクロン大統領は任期1年を残し、新型コロナウイルス対策とその後の経済復興に追われているが、治安対策が次期大統領選挙の重要な争点に浮上してきた。コロナ禍の収束と反比例して治安悪化を懸念する声が強まっている。