コロナ禍でも続く仏テロ脅威

 フランスは、2015年に起きたイスラム過激派の複数の大規模なテロを受け、同年末に非常事態宣言を出し、2年近く継続した。コロナ禍でもダルマナン仏内相によれば、「テロの脅威は高い」とされる。昨年のムハンマドの風刺画を教室で見せた中学教師が殺害された事件もあり、イスラム教徒の反発は弱まっていない。
(パリ・安倍雅信)

モスクの監視強化へ
1万人以上の危険人物リスト

 今月3日から4日夜にかけて、南フランス・エロー県モンペリエ南西部ベジエで18歳の少女を含む5人の女性が逮捕された。国内治安総局(DGSI)によれば、容疑はモンペリエのカトリック教会を標的とした爆弾テロを計画していたことだとしている。

議会で質疑に臨むフランスのベラン保健相=6日、パリ(AFP時事)

議会で質疑に臨むフランスのベラン保健相=6日、パリ(AFP時事)

 女性らは母親を含む同じ家族で、1人は15歳の未成年だったため釈放された。仏国家テロ対策検察庁は、テロ共謀罪及びテロ集団と関係し、爆発物の製造と不法所持の容疑で予審を開始し、テロ計画の背景の解明を急いでいる。

 仏日刊紙ルモンドによれば、捜査を担当するDGSIの情報として、聖戦主義によるテロ攻撃計画だったのは明白で、主犯は18歳の女性が実行犯とされ、非常に強いテロの意志を持っていたとされる。捜査関係者によると住居からは聖戦主義に関する文書の他に自家製の爆発装置や刃物も押収された。

 フランスでは、昨年10月にパリ郊外の中学校で中学教師パティ氏が生徒に授業中、イスラム教が禁じるムハンマドのグロテスクな風刺画を見せたことで殺害される事件が発生した。当時、イスラム教礼拝堂モスクの聖職者イマームがSNS上に流したパティ氏への批判が殺害に繋がったとして、モスクへの監視を強めている。

 そのため、モスクがあるような熱心なイスラム教徒が居住する地域よりも、信仰熱心でないアラブ系移民が多く住む貧困地区からテロリストが生まれる傾向がある。過去にテロ実行犯になった移民系の若者の多くも日頃は窃盗や麻薬密売に手を染め、イスラム教の知識もなかった者がテロリストになる例は多かった。

 ダルマナン仏内相は3月末、フランスの「テロの脅威は非常に高い」との見解を示し、4月の復活祭やイスラム教の断食月(ラマダン)に入る時期ということで警戒を強めていた。DGSIは、高度な情報収集によりテロを阻止しているが、「深刻な脅威は一貫して変わっていない」との認識を示している。

 フランスのみならず、イスラム教のラマダン時期にテロが毎年起きていることを考えると、今年は新型コロナウイルス対策規制で警察官の多くが動員されており、テロ対策が手薄になっている現状もある。最近のテロの傾向は自宅に潜伏する過激思想に心酔したローンウルフ型のテロリストが身近な標的を攻撃する例が多い。

 標的となりやすいのは、カトリックの聖堂やカトリックが運営する学校、ユダヤ人学校や礼拝所シナゴーグなどのユダヤ関連施設、人が集まりやすい広場、公共交通機関や駅、空港などだ。

 パリ北東郊外のパンタンのイスラム教礼拝堂モスクのイマームが、SNS上でパティ氏の行為に対する批判を広め、殺人が起きたとして閉鎖されていたが、最近、モスクは再開された。1300人の信者がいるといわれる同モスクの再開には、内務省が新しい教区長を任命するなど、いくつかの条件を出し、監視カメラの設置も義務付けられた。

 フランスの国民議会(下院)は今年2月16日、宗教団体による国外からの資金調達の監視強化や、家庭内教育を容認する条件の厳格化などを定めたイスラム過激派対策法案を賛成多数で可決し、現在、上院での審議中だが、成立する可能性は高い。聖戦思想が広まらないようモスクへの監視は強化の方向にある。

 フランスは2000年に入り、外国から招聘(しょうへい)されたモスクのイマームが過激思想を信者に吹き込んでいることを問題視し、国外追放などにしてきた。さらにマクロン大統領は、イマームの養成教育プログラムを政府監視下で行う方針を打ち出している。

 さらに政府は毎年、テロ関連犯罪で実刑判決を受け、収監中の者が次々に刑期を終え、釈放されている現状を憂慮している。仏国内で監視が必要な危険人物リストには1万人以上が登録されており、全ての人物の行動を監視するのは物理的に不可能だ。さらには過激思想に染まる新たな人物の把握も必要だ。

 リズヴィ容疑者は、マクロン仏大統領が風刺画問題で表現の自由を守るためにペティ氏を支持したことについて「イスラム教徒を愚弄(ぐろう)した者は死刑にすべき」と主張している。フランスが一貫して表現の自由は宗教者の尊厳以上に重要とする姿勢を変えていないことから、テロ攻撃の標的となる状況は変わりそうにない。