EU牽引役の仏、正念場に

現実味増す英のEU離脱で

 フランスは、かつてない失業率の低下で経済は好調に見える。一方、歴代政権の鬼門である年金制度改革で労組の強い抵抗に遭い、昨年の「黄色いベスト」運動の時同様、抗議行動とクリスマスが重なり暗い年末を迎えた。英欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)が現実味を増す中、EUの牽引(けんいん)役でもあるフランスは政治的に正念場を迎えている。
(パリ・安倍雅信)

労組が年金改革に抵抗

 フランス国立統計経済研究所(INSEE)によれば、最新の第3四半期の国際労働機関(ILO)基準の同国の失業率は8・6%だった。第2四半期の8・5%から微減だが、2009年第1四半期以来の低水準。マクロン仏大統領がオランド政権を引き継いだ時点の17年4月の9・6%からは確実に低下している。

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政府の年金改革に抗議するフランスのデモで催涙ガスから逃れようとするデモ参加者=5日、パリ(AFP時事)

 昨年11月から続く反マクロン政権の黄色いベスト運動にもかかわらず、失業率が低下していることはマクロン政権には追い風だ。特に30年間にわたり10%前後の高失業率が続いたフランスで、過去の政権が抑えることができなかった課題の改善は、マクロン政権にとっては大きなプラスの実績だ。

 ただ、専門家の間で意見は分かれる。この3年間は、トランプ米政権による米中貿易戦争などで経済のグローバル環境が大きく変化し、ブレグジットの迷走で英国を嫌って企業がフランスに逃げ込み、優秀な人材も戻って来るという外的要因がある。さらに以前と違い学歴やキャリアにこだわらず、妥協して職に就くフランス人も増えた。

 一方、改革政権と銘打って出発したマクロン政権は、強引な手法とはいえ、労働法を改正し、企業活動が円滑に行えるようになり、昨年は抵抗の大きかった国鉄(SNCF)改革を断行した。

 マクロン政権は「富裕層・大企業寄り」と批判され、黄色いベスト運動の抵抗に遭いながらも、外資誘致や自国企業の競争力を高めるため労働市場改革を進めてきた。具体的には、外資誘致のネックといわれていた欧州の中でも労働者の権利が異常に強く、企業が容易に従業員を解雇できなかった雇用法を改正し、法人税の税率も引き下げた。

 無論、今でも富裕層の増税廃止や年金生活者の負担増の政策を金持ち優遇と批判する国民の声はある。ただ一方で、労働者重視より景気回復を優先させるべきだという意見も中流層以上には多く、1980年代のミッテラン政権に象徴される社会主義に逆戻りする意見に耳を傾ける人は少ない。理由は、右の政権も左の政権も、この30年間試したが、失業率は改善しなかったという思いがあるからだ。

 仏国営TVフランス2などは、今月5日から始まった年金制度改革に反対する労組主体のストライキで、デモ参加者は一枚岩でないと指摘している。年金改革だけでなく、さまざまな生活改善、職場改善、待遇改善を要求する人々もデモ行進に加わっており、反権力、反富裕層の労組の主張に単純に共感しているわけではない。

 実は今回の抗議運動を主導する過激な抗議行動で知られる仏労働総同盟(CGT)への組合加入率はけっして高いとはいえない。この20年間は、加入者減少に対処するため、さまざまな戦略変更を行ってきた。ただ、抗議活動の歴史が長く抗議手法に熟練しており、今回は組合員でない一般市民への呼び掛けも積極的だ。

 労組が最も懸念しているのは、黄色いベスト運動で出没した無政府主義の過激分子が暴徒化して、破壊行為が起きたり、死傷者が出たりして、国民の支持を失うことだ。そのため、黄色いベスト運動とは共闘体制を取っていない。1995年に同様のゼネストが起き3週間以上続いた時とは、一般市民の意識も大きく変わっている。

 今月12日の英総選挙で離脱派のジョンソン首相率いる保守党が圧勝したことで、来年1月の離脱が現実味を増した。12月に船出したフォンデアライエン新欧州委員長が掲げる英国との公平な通商関係を結ぶ方針に同調するマクロン大統領は、英国に対して強気の姿勢を示す必要がある。

 その意味でも足元のフランスで求心力を高めるために国民の支持は不可欠だ。年末の抗議運動を乗り切り、財政健全化や好景気継続、さらなる雇用創出に向け、マクロン政権は新たな次の段階に入る必要がある。その重要な一歩を踏み出すためにも、年金改革で国民の理解を得ながら、改革を継続できるか正念場を迎えている。