「一帯一路と中央アジア」でシンポ
「『一帯一路』構想の現状と中央アジア」をテーマにしたシンポジウムがこのほど、都内で行われ中国の「一帯一路」構想を軸に、ユーラシア大陸の政治・経済情勢を論じた。主催したのは、2000年にスタートしたIIST(一般財団法人・貿易研修センター)・中央ユーラシア調査会。
(池永達夫)
田中氏 「一路」停滞、「一帯」は進展
柯隆氏「問題は文化的求心力」
総合司会を務めた中央アジア・コーカサス研究所所長・田中哲二氏は、「昨年のシンポは、『一帯一路』構想のポジティブな側面が多く報告されたが、ここにきて微妙に変化してきている」と述べ、米中対立を契機とした時代の潮流変化を指摘。田中氏は、マハティール首相のマレー半島東海岸鉄道の中止やインドネシアの債務過剰による中国プロジェクトのストップ要請など、海の「一路」こそ蹉跌(さてつ)状況が目立っているものの、陸のシルクロード構想である「一帯」は、まだ進展中との基本認識を示した。
一帯一路構想に対するロシアの立ち場を説明した新潟県立大学教授の袴田茂樹氏は「当初ロシアは、自国が推進するユーラシア経済同盟とぶつかるとの認識があり懐疑的だったが、圧倒的な経済大国となった中国を前に協力するしかないと路線変更した」と述べた上で、「今ではプーチン大統領自身が、ユーラシア経済同盟との統合さえ語るほどだ」と総括した。
さらに袴田氏は、ロシア極東で最近、親中派が増えていることに言及し、学者であれば資金提供されたり、シンポジウム招待など中国から接待攻勢を受けている現状を説明した。この現象は、中央アジアの上層部でも同様だという。
ただ一方で、「債務の罠」を警戒する声が親中国家の中からも、つぶやかれるようになってきてもいる。
袴田氏はロシア紙「独立新聞」(昨年1月21日付)で掲載された「中国のシルクロードにも、デコボコが増えている」との記事を紹介しながら、なめらかなイメージのシルクロードらしかならぬ、一筋縄でいかない「一帯一路」のギクシャクした状況が存在していることを強調した。
さらに(公財)東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏は、「文化的求心力がないと一帯一路は成功しない。銃を持っている人に、人々は群れをなしてついてはこない。一帯一路が成功するかどうかは文化力、文明力の問題だ」との見解を述べ、文化を育む自由が欠落した中国の政治問題を浮き彫りにした。
一方、南アジアを専門とする(有)ユーラシア・コンサルタント代表取締役の清水学氏は、「インドは一度も一帯一路に対し明示的反応をしたことはない」とし、非同盟を国是とするインドは「一本槍ではなく、米日とすべて同調するわけではない」と述べた。
また清水氏は、「今年5月に連邦下院選挙を迎えるモディ大統領を支援する形での、習近平国家主席のインド訪問もあり得るし軍事衝突も当面、衝突を避ける」と指摘しながらも、「海の問題を含め、基本的な中印対立は続くことになる」との展望を述べた。
なお袴田氏は、わが国の北方領土返還交渉に関し「官邸の太陽政策は、ロシア人メンタリティーを甘く見て、ロシアペースに乗り過ぎ」と警鐘を鳴らした。
さらに、袴田氏は領土返還で参考になるのは、中露領土交渉だと指摘。清時代の1858年、ロシアと結んだ●(=王へんに愛)琿(あいぐん)条約で清は、東北部をロシアに取られてしまった歴史があるが、国際法より歴史を重視する中国に対しロシアは、できるだけ早くけりをつけていた方がいいということで中露の領土問題が片付いた経緯がある。これは中露の友好関係が構築できたからではなく、ロシアの対中脅威認識ゆえに領土問題を解決できたと、袴田氏は強調した。
今回のシンポに対しフロアからは、「ジャーナリズムの時局的センスとアカデミズムの重層的視点がうまく絡んできた」との評価の声が聞かれた。