マレーシア政府系ファンド流用問題

財務相「ゴールドマンは賠償を」
債権額超える8300億円要求

 マレーシアのリム・グアンエン財務相は先月、米フィナンシャル・タイムズ紙に「われわれが(米投資銀行ゴールドマン・サックスに)求めている金額は75億ドル(約8300億円)だ」と述べ、マレーシアの政府系ファンド「ファースト・マレーシア・デベトップメント(1MDB)」の不正資金流用問題で、ゴールドマンに債権発行額や手数料を超える巨額賠償を求める考えを明らかにした。
(池永達夫)

ナジブ前首相(中央左)とロスマ夫人

マレーシアの政府系ファンド「1MDB」疑惑の渦中にいるナジブ前首相(中央左)とロスマ夫人(同右)=2018年4月28日、中部ペカン(AFP時事)

 マレーシアの経済振興を目的に2009年に設立された1MDBをめぐる不正資金流用問題とは、1MDBが12年度に実施した債券発行でゴールドマンが主幹事を担当し、総額65億ドル(約7300億円)の債券を引き受け、1MDBが発行した債券から27億ドル(約3000億円)を「不正に流用」することに手を貸した罪を問われているものだ。

 ゴールドマンが手にした約6億ドル(約680億円)の手数料は、どう見ても普通の額と言えないものだった。一般的に債券引受手数料は発行額の0・2~2%程度が相場だ。ところが、ゴールドマンが獲得した手数料は単純計算で10%近い。その高額ぶりに当時から疑問の声が出ていたが、ナジブ前大統領や政府高官へのバックマージンに使われたかどうかが焦点となる。

 昨年5月、マレーシア首相に返り咲いたマハティール氏率いる新政府は、1MDBと元子会社の「SRCインターナショナル」から、13年にナジブ前首相の個人口座に4200万マレーシア・リンギット(約11億5000万円)が不正入金されたことなどを背任罪としてナジブ前首相を逮捕している。

 マレーシアで首相経験者が起訴されるのはナジブ前首相が初めて。3件の背任罪と1件の腐敗防止法違反容疑で有罪となれば、ナジブ前首相は最長で20年の禁錮刑とむち打ち刑、多額の罰金刑が科される可能性がある。

 なお米司法省は11月、1MDB問題でゴールドマン元幹部2人を外国公務員への贈賄を禁止する海外腐敗行為防止法違反の罪などで起訴。先月には米投資家らが、ゴールドマンに対し損害賠償を求める集団訴訟を米連邦地裁に起こしている。

 またマレーシア検察当局は先月中旬、1MDB問題に関与したゴールドマンと元幹部2人に対し刑事訴訟を起こし、シンガポール金融通貨庁(MAS)はゴールドマン元幹部2人を終身活動禁止処分にし、証券先物法に関わる全ての活動とシンガポールの証券関連企業の経営に携わることを、生涯禁じた。

 一方、ゴールドマンのデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は、債券引受業務で得た高額な手数料収入について「1MDB側が資金調達スピードと確実性を重視すると要請してきたから」とし、さらに「手数料の決定では、市場や政治のリスクに加え、引き受けた債券を投資家に売りさばく際の不確実性を考慮。リスクに見合った正当な対価」との認識を示し、米司法省やマレーシア検察の起訴を受けて立つ姿勢を鮮明にしている。

 世界の金融市場を背負って立つソロモン氏の強気の姿勢には、ここで踏みとどまらなければ、マレーシア政府の賠償要求も押されてしまうとの崖っぷちに立った危機感がにじみ出ている。この訴訟は、既に投資家や関係者から今年の金融市場のリスクの一要因と見られているためだ。ゴールドマンは、1MDBの法的手続きに関連した損失への対応として18億ドル(約2000億円)を引き当てているが、マレーシア政府が求める75億ドル(約8300億円)が現実問題となれば、信用問題にも絡み屋台骨が揺るがされかねない。