「スー・チー大統領」消滅へ
軍が憲法一時凍結案を拒否
NLD政権、国軍「飼い慣らし」課題に
ミャンマーの次期大統領をめぐり、与党・国民民主連盟(NLD)は「アウン・サン・スー・チー大統領」の実現を阻む憲法条項(59条F)の凍結案を国会に提出することで「スー・チー大統領」誕生に向けた突破口を開くべく水面下で国軍と交渉を重ねたが、「憲法の守護神」を自任する軍に玄関払いをくらった格好となっている。国軍は、これまで軍服を脱いだテイン・セイン大統領や旧軍事政権トップのタン・シュエ元議長らに遠慮して表に出ることはなかったが、NLD政権誕生で遠慮する必要がなくなった。国軍は国会議員の4分の1の固定枠を持つと同時に、国家危急時には大統領に代わり国家の全権を掌握する特権を持つ。昨年の総選挙で大勝することで「前門の虎」を抑え込み政権を担うことになったNLDも、国軍という「後門の狼」を飼い慣らさないことには政権運営はたちまち頓挫する運命にある。
(池永達夫)
スー・チー氏は親族が英国籍のため憲法上、大統領資格がない。改憲は国会の4分の3以上、国民投票の過半数を取らなければ成立せず、ハードルが高いばかりか時間がそもそも足りない。テイン・セイン大統領の任期は3月いっぱいで、3月17日が大統領選出日だ。そこでNLDが出した知恵が、憲法条項の凍結案だった。
現憲法には凍結規定がなく、凍結のための特別法を成立させれば実現可能だからだ。それだと国会の過半数を制しているNLDだけでも可決が可能だ。
そもそもこの憲法凍結には前例がある。1958年、当時の政権が政治混乱を受けて国軍トップに暫定首相への就任を要請した際、当時の憲法規定では、国会議員でなければ半年以上在任できないことになっていたものの、特別法によって2年間に延長させたという経緯があるからだ。
ただ現在、ミャンマーの政治原則は4権分立だ。「司法、立法、行政」に「国軍」が加わる。
とりわけ国軍の力は絶大だ。非常時には大統領に代わり国家の全権を掌握する特権を持つ。その伝家の宝刀を抜くかどうか決めるのが11人のメンバーで構成される「国防治安評議会」だ。同評議会は、緊急時に「非常事態宣言」を大統領に発令させる権限を持つ、最高位レベルの意思決定機関だ。非常事態宣言が出ると同時に、大統領は全権を国軍司令官に委譲する義務が生じる。同評議会メンバー11人の内訳は、議会の両院議長(2人)、大統領、副大統領(2人)、国防大臣、内務大臣、外務大臣、国境大臣、国軍司令官、国軍副司令官となっている。
また、国会に枠がある軍人議員(定数の4分の1)には下士官クラスを指名。入れ替え自由で、国軍は国会で事実上の拒否権を握り、国家の将来を決定的に左右する立場にある。
何より国軍は国家の安全保障を担うと同時に「憲法の守護神」を自任している。それ故に憲法規定に抵触する事態が起これば、軍は躊躇(ちゅうちょ)なく「憲法裁判所」に訴え、法的訴訟に持ち込む。NLD政権とすれば、これをやられた途端、国軍と事を構えることになり、政権運営に急ブレーキがかかりクーデター前夜の政治状況を招きかねない。
NLDは憲法条項の一時凍結案に関し、国軍の了解を取り付けるべく水面下で動いてきた経緯があるが、ミャンマー国軍の日刊紙ミャワディは23日、ミン・アウン・フライン最高司令官が憲法の条項変更に反対する発言をしたと報じた。
スー・チー氏も17日、ミン・アウン・フライン最高司令官と3回目の会談を行ったが同司令官は「憲法は適切な時期に改正すべきだ」と原則論を語っただけだった。同司令官の真意は「一時凍結はNO」だ。
結局、NLDは暫定大統領を擁立せざるを得ない趨勢(すうせい)にあるが、いまだその候補者名を明らかにしていない。大統領候補として取り沙汰されているのは、党創設メンバーの重鎮ティン・ウ氏やスー・チー氏の主治医ティン・ミョー・ウィン氏らだ。
ただ、NLDを率いるスー・チー氏は「大統領より上の存在になる」と公言し、政権運営の事実上のトップとして君臨する姿勢を鮮明にしている。これに対し「憲法の守護神」を自任する国軍が「大統領の上」という憲法規定にない存在を容認できるのか、波乱の芽を含んだミャンマーの春は危うい叢雲(むらくも)を擁している。







