北の金正恩体制 粛清重ね権力完全掌握も

2015 世界はどう動く 識者に聞く(10)

韓国自由民主研究院院長 柳東烈氏(上)

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ユ・ドンヨル 1958年生まれ。韓国中央大学大学院卒。警察庁傘下の治安政策研究所研究官などを経て現職。国家情報学会監事、自由民主研究学会名誉会長。北朝鮮の対南工作分析で定評がある。

 ――北朝鮮の金正恩体制の現状をどう見ているか。

 表向きには安定しているように見える。当初、一部で憂慮されたにもかかわらず、「首領」としての権力を掌握した。周囲の側近や党・軍の幹部らに対しては恐怖政治で押さえ付け、住民には米帝国主義と南朝鮮傀儡(かいらい)が侵略してくるなどと宣伝し、持続的な戦争雰囲気を作り出すことで可能なことだ。

 だが、不安定要因が幾つもある。周囲の側近たちが「若いのに立派だ」と金正恩第1書記を尊敬の眼差(まなざ)しで見ているなら大丈夫だろうが、実際にはその正反対。逆らえば自分もいつ殺されるか分からないと考え、仕方なく忠誠を尽くすふりをしている。

 国内では住民の食べる問題、また対外的には中国との関係悪化や米国をはじめ国際社会の経済制裁など問題が山積している。

 私は今年1月1日の金第1書記の新年辞に「社会主義守護戦」という言葉が2回出てきたことに注目している。「強盛大国」を建設し、「祖国統一大戦」の年と位置付けている今年の年頭に、本来なら「社会主義を発展させよう」など威勢のいい言葉が躍っていいはずだが、それとは反対に「守護」という言葉を使ったところをみると、それだけ体制不安を感じている証拠といえるからだ。

 ――2013年末、叔父でナンバー2だった張成沢・党行政部長を処刑した後、大規模な粛清があった。恐怖政治はまだ続くだろうか。

 北朝鮮建国後の歴史は粛清の歴史と言っても過言ではない。金第1書記の祖父、金日成主席は建国後、パルチザン派、南労党派、ソ連派、中国系の延安派、共産主義派などに分かれていた国内の政治的派閥を利用し、ある派閥に他の派閥を粛清させる手法を繰り返し、20年以上かけて権力を完全に掌握していった。

 金第1書記の父、金正日総書記も90年代末、「深化組事件」と呼ばれる大粛清を行った。これは北朝鮮の警察である社会安全部(現、人民保安部)が、30年間にわたって暗躍していた韓国のスパイを摘発したとして、秘密組織「深化組」を作り、労働党をはじめ全国の組織に潜伏する韓国のスパイをあぶり出すとして、文聖述・党組織指導部第1副部長などをターゲットにし、主要幹部ら約2000人とその家族ら2万人以上を粛清したもの。これには張成沢氏が深く関わった。

 ところが、金総書記は今度はその「深化組」に問題があるとし、粛清された文聖述を復権させた上で「深化組」を粛清してしまった。このようなやり方で全ての幹部たちに恐怖心を植え付けた。これは共産主義の歴史でもある。

 ――金第1書記も祖父や父親と同じ道を選択するということか。

 すでに金第1書記は父に仕えた李英鎬・軍総参謀長らを粛清し、張部長まで処刑した。マスコミがナンバー2などと持ち上げる崔竜海・国家体育指導委員会委員長さえどうなるか分からない。最近、金第1書記の妹、与正氏が崔氏の息子と結婚したという報道があったが、崔氏の出方次第では絶対安泰とは言えない。

 粛清の歴史がさらに繰り返されるなら、「反党反革命的分派行為」の容疑で逮捕・処刑された張部長を復権させることもあり得る話だ。その時は、それまで張氏粛清に同調してきた現在の主要幹部らが一遍に粛清されてしまい、それこそ金第1書記は「恐ろしい指導者」として周囲から一目置かれるようになり、権力を完全に掌握するかもしれない。

(聞き手=ソウル・上田勇実)