脱北者が見る日朝交渉 拉致は日本侵略の一環
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月刊朝鮮が連載している脱北者の証言がある。「キム・チョルジンの平壌実録」だ。1月号では「北朝鮮が日本と対話する内心」として、日本人拉致被害者について語っている。
北朝鮮が日本人拉致被害者の特別調査委員会まで作って、日本との関係改善を模索した理由は、北朝鮮が陥っている外交的閉塞(へいそく)状況を脱するためだった。北朝鮮は南北、対米関係で行き詰まっているのに加えて、金正恩(キムジョンウン)が権力の座に就いて3年になるにもかかわらず、「唇歯の関係」「血盟関係」と言われる中国との首脳会談が実現していない。これらの状況を突破するために日本を利用しようとしたのだ。
キム氏によれば、北朝鮮が日本に要求したことは五つ。①安倍首相が訪朝して金正恩と首脳会談を行う、②植民地支配補償の一時金として100億㌦を支払う、③在日本朝鮮人総連合会中央本部建物の保持、④万景峰92号はじめ北朝鮮船舶の自由な出入り、⑤総連幹部ら在日朝鮮人の自由な北朝鮮往来―だ。
日本政府は総連幹部往来や一部船舶の出入りを認めたが、北から芳しい答えが返ってこないことから、それ以上のことには手を付けていない。北朝鮮は満足しなかった。「日本側の誠意が足りない」として日朝交渉は以後進展していない。
キム氏によれば、この交渉自体に「一部の幹部」が反対していたのみならず、「叔母の金敬姫(キムギョンヒ)が強く反対していた」という。
「祖父(金日成(キムイルソン))や父(金正日(キムジョンイル))が、日本から金がもらえなくて、受け取らなかったと思うのか」と金正恩に説教したという。「日本とは金で解決できる問題ではない」とは1990年に訪朝した金丸信副首相(当時)に金日成が語った言葉だ。金日成は、「日本を武力で占領し、36年間統治することで、血豆となっている恨みを晴らさなければならない。それでようやく恨みが少しは解けるようだ」と語った。
北朝鮮は「だから日本人を拉致したのだ」という。金正日が言うように「一部の英雄主義に陥った部下が勝手にやったこと」ではなく、日本侵略のために周到な計画の一環として日本人を拉致したものだ。
その具体的な証拠としてキム氏は、「534軍部隊」の存在を同誌に説明している。この部隊は「1980年代中盤まで」慈江道豊山郡(現在の両江道金亨稷郡)に駐留していた。「専門的に日本に関してだけ研究し、具体的に日本のどこに上陸できるか、などを訓練していた」部隊である。そこで拉致被害者らは「教官」として、方言や土地の詳細な様子、地方の風習などを工作員らに講義させられていたのだ。
1887年の大韓航空機爆破事件では、日本人に偽装した蜂谷真一こと金勝一(キムスンイル)と蜂谷真由美こと金賢姫(キムヒョンヒ)が飛行機を爆破した。正体が明らかにならなければ、「日本人の仕業」として、日本は世界中から非難され、日韓関係は最悪に陥ったところだ。金賢姫は拉致された日本人と見られる「田口八重子」から日本語などを学んだと証言している。
534軍部隊はその存在が明らかになった後、部隊名を変え、他の地域に移動したというが、「北朝鮮幹部の間ではよく知られた事実」(キム氏)だそうだ。こうした具体的な日本侵略作戦と軍工作員への教育に関わっていた日本人を帰国させられるわけがない。
北朝鮮の調査委員会は、終戦後に帰国できていない日本人や、朝鮮人夫について行った日本人妻などの調査をしているとし、拉致被害者は「既に全員死亡」と結論付けている。たとえ生存していたとして、北朝鮮にとって「使い道のなくなった」日本人数人を帰すことはあっても、特殊機関に関わった日本人は「決して帰さないだろう」とキム氏は断言する。
「軍と党に精通した」キム・チョルジン氏の言葉だけに暗澹(あんたん)たる思いにさせられる。
編集委員 岩崎 哲