厳しさ増す日本の安保環境

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

政権基盤を固めた中露
核問題で米朝妥協の悪夢も

 先の平昌冬季オリンピック後、北朝鮮をめぐるアジア情勢は急速に動いている。オリンピックを契機に南北首脳会談の実現に向けて動き出した。また文在寅大統領が北朝鮮と米国に特使を派遣することで米朝首脳会談の実現に向けた進展などは、予想を超えて速いスピードで事態は動いている。今後のアジア太平洋地域の安全保障上の課題は、当面はまずそこにある北朝鮮の核・ミサイルの脅威であるが、もう一つは金正恩委員長の訪中で浮上してきた中国の存在感と米中両大国の角逐への拡大・激化である。それは「米国ファースト」と「中国の夢=偉大な中華の復興」との軋(きし)みでもあり、現に米中間では貿易戦争がエスカレートしている。その観点で突如敢行された北朝鮮・金委員長の訪中の結果や影響などを整理しておこう。

 この電撃的な訪中を中国国営通信・新華社は「実りある会談」と評価し、金委員長の「故金日成主席と故金正日総書記の遺訓に照らし、朝鮮半島の非核化の実現に力を尽くす」との発言を紹介した。このように積極姿勢を前面に出したものの、その発言は主題が「北朝鮮の核廃絶」ではなく「半島の非核化」としている点、また「祖父、父親の遺訓に沿う」と逃げ道を準備している、などの問題が指摘できよう。さらに前提条件として①北の努力に見合う米韓の友好的態度②平和的・安定的な雰囲気づくり③歩調の合った実現に向けた措置―の三つを出しており、どれも今後の交渉に難航を予感させる表現である。

 これに対して習主席は「われわれは中朝の伝統的友誼(ゆうぎ)を絶えず伝承していく。これは中朝両国が歴史と現実に基づき、国際・地域構造と中朝関係大局を踏まえて行った戦略的選択である」と大サービスをしたようだ。そこには米朝首脳会談の段取りが韓国主導で進められ、中国は出番が無いのみならずメンツも失っていた習主席としては、中朝会談をきっかけにして、朝鮮半島問題への対処で調整役としての役割や影響力を確保でき、北朝鮮との首脳会談の実施を目指す米国に対抗したい思惑があったと見られている。

 他方で度重なる核実験や弾道ミサイル発射で国際的な制裁を受けて苦難に喘(あえ)ぐ北朝鮮もまた冷却化している中朝関係を修復し、首脳会談を通じて中国との友好関係を世界に誇示することで、中国をスポンサーとし、手強(てごわ)いトランプ大統領との交渉のカードとする思惑があったと見てよかろう。

 このような習・金両首脳の同床異夢的な思惑が今後、どのように影響するか、そこにはまた二つの懸念が浮上する。一つは中国のバックアップを受けて強気になった金委員長との首脳会談でトランプ流の取引外交が、妥協点を日韓両国の安全を保障する北の核廃絶ではなく、北米大陸に脅威を及ぼさない核・ミサイルにとどめる段階で妥協する悪夢である。もう一つが中国の対応で、北の核問題を超えて米中核問題が絡む核大国間の問題に拡大する懸念である。

 これまで北の核廃絶に向けた国連決議に基づく制裁に当たり、トランプ大統領は中国の対応に不満を抱いてきた。トランプ大統領は昨年末に具体的な安保政策の基本となる重要文書で、①米国民と国土の防衛②米国の繁栄促進③「力による平和」の堅持④米国の影響力拡大―の四つの分野から構成された「国家安全保障戦略」を初めて公表した。

 同戦略はインド太平洋や欧州、中東など地域別の項目も設けており、そこで中国を「インド太平洋地域で米国に取って代わり、国家主導の経済モデルの範囲を拡大し、地域の秩序を好きなように再編成しようとしている」と厳しく警戒。また「国家安全保障戦略」で「中国とロシアは米国の安全と繁栄を侵食することで、われわれのパワー、影響力、利益に挑戦している」との見方も示していた。

 見てきたように就任1年を経て米国の安全保障観は変わりつつある。中国やロシアを「戦略上の競争相手」と位置付け、米軍の再強化・再建を進めて対抗する方針を鮮明にしてきた。

 このような情勢の変化だけではなく、地政学的に見てもわが国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。実際、中国は昨秋の党大会後、権力を集中した習近平一強体制を確立して世界覇権に乗り出し、今春の全人代で日本に厳しい姿勢の習政権の長期化を憲法改定で決めている。またロシアでは、プーチン大統領が信じ難い74%の圧倒的支持で4期目の政権に就いてきた。北朝鮮は金正恩委員長が経済制裁の打破に向けて中国を抱き込む延命策を進めている。歴史問題を抱えて好感度の低い3国に日本は包囲されてきた。さらに緊密な同盟国である米国も国益上から日本にも例外なく関税引き上げをしている。まさに国難を迎えるわが国であるが、開会中の国会では次元の違う問題に明け暮れており、嘆かわしい限りだ。

 国会が国権の最高機関として行政府の姿勢を正すことは重要であるが、政府の揚げ足取り的な攻防に終始している。今日わが国を取り巻く厳しさを増す安全保障環境を正視して国家の発展と安全が真剣に論議されるべきではないのか。特に核廃絶や核軍縮はまさにわが国がリーダーシップを発揮すべき課題でもある。わが国の外交・安保に取り組む政治姿勢に危機感を抱かされる昨今である。

(かやはら・いくお)